最果志向 ~放浪家坂木さんの足跡~

この数十年の放浪履歴を元に思ったこと・感じたことなどを訪問者の目線で綴る『旅エッセイ』ブログ。たまに自作の音楽の紹介。

【坂木より】
2016年6月2日開設。現状一日1~2記事の更新です。皆様と『最果(さいはて)志向』と『漂泊の思い』を共有できれば幸いです。たまに昔作った音楽も公開しています。

エキゾチックな本願寺

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 神戸にある本願寺神戸別院。京都の堀川通にある西本願寺の直属の別院らしい。

 一見したときには何の建物かわからなかったが、通り過ぎようとしたときに『本願寺神戸別院』や『親鸞上人』の文字を見つけて驚いてカメラを構えた。それでこのような角度の悪い写真になってしまったのだ。ご容赦頂きたい。

 京都の西本願寺の前や横はよく通るし、家内の実家も西本願寺を本山とする浄土真宗だ。それなりになじみがあるのだが、まさかこのモダンな建物が知っている本願寺と同じ系列だとは、とても思えなかった。

 随所に欧州と東アジアの様式が混じっているような斬新なデザインだ。尖塔はインドかビルマの様式だろうか。

 だが、考えてみれば、我々が知っている日本の仏教の様式は、中国の仏教とも違うし、東南アジアやインドとも違う。世界中の各所で独自に発達した仏教があるというのも面白いものだと思う。逆説的に言えば、別に寺院が我々日本人の考えるお寺らしいお寺でなければならないこともないのだ。お釈迦様の教えは寛容なのだろう。

【写真】2018年11月
【文章】2018年11月

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正真正銘100%の神戸牛

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 神戸市内、特に街の中心部である三宮や元町周辺には、多くの神戸牛を扱う飲食店を見かける。このお店は中華街の南の一角にあったお店だ。

 『正真正銘100%の神戸牛』と書いてあるのが目を引く。ここまで書いてあることから考えると、偽物を出すお店も多いということなのだろう。

 私を含め、普段から神戸牛を食べなれているわけではない多くの人は、店が神戸牛だと言えば信じるしかない。A5ランクだ、チャンピオン牛だ、というのも同様だ。もちろん上質なお店は、その肉の生産者や来歴、肉質の分析情報などを詳しく提示してくれるが、それも素人には良し悪しや真贋を判断するのは難しいし、やはり信じるしかない。

 このお店はここまで書くからにはホンモノなんだろうと思うが、たとえホンモノでもクズ肉のような品質のよくないものを使っている場合もあるのではないか、と疑う方もいらっしゃるかもしれない。しかし神戸牛の中には品質が低いものは絶対にない。これは神戸牛というのが牛の品種ではなく、牛肉のブランド名だからである。食肉となった但馬牛の中で品質等の条件をクリアした上質の肉だけが神戸牛を名乗れるのであって、品質の低い神戸牛というのは存在しないし、生きている神戸牛も存在しない。もちろん神戸牛の中でも部位によっては値段は変わる。

 ただ、私はこの時、別の神戸牛の店を予約していたので、こちらには立ち寄っていない。ただ結構手軽に食べられそうなお店に見えた。

【写真】2018年11月
【文章】2018年11月
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シンガポールの国際列車の玄関口ウッドランズ・トレイン・チェックポイント

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 以前の記事でマレー半島を縦断してタイのバンコクとシンガポールを結ぶ国際特急列車を紹介したことがある。マレー半島の先端に位置する島国シンガポールは、マレー鉄道の南端の終着点である。

 欧州はシェンゲン協定により国境を特別な手続き無しに越えられる国々が多いが、普通は国境を越える場合、出入国の手続きが双方の国境の駅で必要になる。

 写真はマレーシアのジョホールバルで出国して、シンガポール側に到着したところ。

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 シンガポール側で入国手続きをする場所は、ウッドランズ・トレイン・チェックポイントと呼ばれている。

 昔はその名の通り、ここはチェックポイント、すなわち入国手続きを終えた後、また列車に乗ってシンガポール市街中心部まで行くことができたのだが、2011年6月にここからシンガポール市街までは廃線になった。すなわち現在ではシンガポールの北の端にあるウッドランズは、チェックポイントではなく、マレー鉄道のシンガポール側の終着駅であるわけだ。

 この写真を撮ったのはシンガポール島内のマレー鉄道が廃線になって約半年後の2011年11月で、少なくともこの時はまだチェックポイントと呼ばれていた。今はどうかはわからない。

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 当時はターミナル駅という様相ではなかった。長距離列車の終着駅というのは、うまく言えないがある種の旅情を漂わせるものだと思うが、まだそういう雰囲気ではなかった。今はどうかはわからない。

 ただし簡単に市内交通(MRT)に乗換可能なので、特に便が悪くなったということはなかったと思う。

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 外から乗ってきた列車をパチリ。もちろん豪華特急ではない。ジョホールバルとシンガポールの間には、日に何本か国際列車が運行されているのだ。

 ただし単に移動するだけなら、おそらくバスを使うほうが簡単で便利だと思う。本数も多いし、市の中心部から乗換もない。ただ列車で国境を越えて出入国手続きをすること自体が、私にとっては珍しい経験であったし、やはり鉄道旅の旅情みたいなものを感じてよかった気がする。

【写真】2011年11月
【文章】2018年11月




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乱暴に連結させた三輪車

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 河南省開封の街にて。

 運転しているのは電動の三輪車、その荷台に自転車型の三輪車の前輪を載せて連結していた。なんとも乱暴で無造作なやり方だ。日本なら間違いなく警察が飛んでくるだろう。

 一時的に運んでいるだけか、それとも日常的にこうやって使っているのかはわからないが、どうも後者のようにも思えた。

 こういった横着がまかり通る自由さは、果たして良いことか悪いことか、私にはわからない。日本だと事故が起こったらどうするんだ、荷物が落ちたらどうするんだ、と非難や規制をされることは間違いない。特に他人に迷惑がかかる可能性があるリスクに関しては、日本では非常に厳しい。だがリスクヘッジと利便性あるいは経済性とは相反するのが普通である。本来はそのときどこでバランスをとるか、という話であるはずだが、リスクヘッジだけを権利のように声高に叫びだすと、それはそれで世の中はとっても窮屈になる気がする。モラル、リスク、自由、経済性…そのバランスをとるのは難問だと思う。

【写真】2017年10月
【文章】2018年11月

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清水寺の思い出話

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 大学生時代は京都から大阪へ通っていた。学校が阪急沿線であったこともあり、帰り道にしばしば河原町やその周辺にも足を向けた。まだ21世紀を迎える前の話だ。

 八坂神社や円山公園、清水寺周辺などもよく歩いたものだ。もちろん当時でも有名な観光地であったが、今ほど観光客は多くなかった。特に外国人はそれほど多くはなかった。国内観光客で賑わうのは基本的に週末である。ウイークデーは修学旅行生などが多いものの、彼らも例えば冬の夕刻などには全く見かけなくなる。季節と時間を選べば、今では考えられないほどの静かな雰囲気だったのだ。

 また今では桜や紅葉の時期には京都の名所の随所でライトアップが催されるが、それらが広がっていったのも、ちょうど私がよく訪れていた時代だったと思う。それらが定着するまで、涼しい時期の平日夕刻の清水寺というのは、若干の観光客はいるものの、なんとも落ち着いた雰囲気の場所だった。

 有名な清水の舞台とその周辺は入場料がかかるのだが、他の場所は自由に入れた。今ではどうかはわからないが、きっと変わっていないのではないかと思う。

 奥の院からは右手前に舞台、そして奥に京都の街を一望できる。そこで一人でゆっくりと西山に沈む夕日と茜色に染まった空を眺めるのが好きだった。もちろんその当時は今のように手軽にカメラを持ち歩いて普段の何気ない風景を撮れるような時代ではなく、写真は一枚も残っていない。

 今となっては、渋滞ができるほどいつでも人が多い。とても風雅な景色をひとり占めできるような雰囲気ではないだろうと思う。もちろん地元の経済的な活性化を初めとして良影響は多いと思うが、なんとも複雑な思いだ。もちろんこれまでの記事で何度か書いている伏見稲荷にも同じ思いがある。

【写真】2015年5月
【文章】2018年11月
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プロフィール
管理人:坂木
ただ行けるところまで行ってみたい。何もなくても構わない。何もないことを見に行く。そんな性癖を勝手に最果(さいはて)志向と名付けた。
職業は会社員。休みのたびにあてもなくフラリ旅に出てしまう。



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    2016/6/2開設