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 京都の壬生寺と言えば、新選組の所縁のお寺として有名であるが、重要無形民俗文化財の壬生狂言を今日にまで伝えていることでも有名である。壬生狂言は通称で、正式には壬生大念仏狂言と言われる念仏狂言の一種だ。

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 こちらは本堂。ご本尊は地蔵菩薩だが、古い鎌倉時代のご本尊は昭和37年に本堂への放火によって消失してしまい、現在のご本尊は奈良の唐招提寺から移されたものだそうだ。ちなみに唐招提寺は壬生寺の本山にあたる。壬生寺は京都では珍しい律宗のお寺なのだ。

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 本堂の隣には、千体仏塔と呼ばれるパゴダ風の仏塔がある。たくさんの小さな仏像並んでいる仏塔は、なかなか目を引くものである。少なくとも京都ではあまり見ないと思う。

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 今日の目的は壬生狂言の観劇。毎年、春と秋と節分に、それぞれ数日だけ開演されるそうだ。秋は人気演目も多く、結構人気があるのだとか。

 13時開演で1時間半前に到着したが、すでに行列ができていた。私は初めてなのであまりよくわかっていなかったのだが、400席が定員であるし、席は早い者勝ちなので、早い目に行くに越したことはないようだ。今日の様子を見ていたところ、少なくとも45分前くらいには到着しておいたほうが良いように見えた。

 写真の奥の建物の向こうに舞台がある。

 
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 撮影禁止だったので、実演中の写真はない。始まる随分前に舞台だけ…。

 西洋に於いて、音楽や絵画の発展は宗教と切り離せない。宗教音楽や宗教画は後の芸術にも大きな影響をもたらしている。壬生狂言も元々は寺が御仏の教えを伝えるために始めたものが、大衆芸能に変遷したものである。

 拡声器もスピーカもなく、印刷技術どころか大衆のほとんどが読み書きもできなかった時代、仏教の教えを伝えるために行った無言劇(パントマイム)が念仏狂言である。ただし現在残っているものは、ほとんど大衆化してかなり宗教色が抜けているように思う。

 セリフも歌詞もない無言劇なので、いささか冗長だったり大げさだったりするのだが、現代人が見ても理解しやすい。能にも同様のストーリーの演目があったりもするのだが、それと比べてもはるかに敷居が低いように思える。ただし、それでも予備知識が少しあるほうが、何を表現しているのかが想像しやすいとは思う。

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 入場料は大人800円だが、6演目あった。備忘録として書いておくと『炮烙割り』『愛宕参』『紅葉狩』『桶取』『大江山』『棒振』。

 最後の「棒振」はストーリーのないパフォーマンスなので、実質5演目+αと考えても良いとは思う。1演目がそれぞれ50分程度で、合間に若干の休憩アリ。13時に始まって、終わったのは18時半くらいだった。800円でこれって得した気分。

 終わってしまえば辺りはもう真っ暗になっていた。



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