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 昭和の中期から末期にかけて、日本でアイススケートがレジャーとして流行した時期があった。私が覚えている限りでは、昭和50年代でも各地に大きいものから小さいものまでたくさんスケートリンクがあったように思う。平成に入って以降はフィギュアスケート人気が沸騰している割に、一般人がレジャーとして楽しめるスケートリンクをあまり見ないのはむしろ不思議ではある。

 写真はそんな昭和のスケートリンクの跡地である。以前の記事で京都府長岡京市の浄土谷と呼ばれる集落にあるお寺を紹介しているが、そこから更に奥に進んだところにある長岡京スケートリンクの跡地だ。

 かつては東洋一と謳われていたそうだが、山奥で不便な場所ということもあるのだろう、ブームが去るとともに客足も遠のき、今では京都人でもここにスケートリンクがあったことを覚えている人は少ないようだ。

 駐車場は工事現場のような感じだった。入口に向かう階段も脇から草が侵食してきているし、上のアーケードの錆びた鉄骨は廃墟感を色濃く醸し出す。

 しかし、何十年も前に廃墟になって誰も手を入れていなかったのなら、建物や階段もこんなに綺麗に残っているはずがない。階段は特に立ち入り禁止にもなっていなかったので、人気のない階段を上ってみることにした。

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 なるほど、階段を上ったこの辺りがロビーのような場所で、黄色い壁の向こう側がリンクだったのだろう。建物はレストハウスやレンタルシューズなどの施設だったに違いない。

 しかしボロさや錆は目立つものの、廃墟として放置されていたわけではなく、観葉植物なども設置されていて、ある程度手入れがされているようである。

 よく見ると、少々錆びた看板に『高原テニスクラブ 受付』と書いてある。なるほど、どうやらここはテニスクラブになっているらしい。

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 黄色い壁の向こうに周ってみると、テニスコートが何面かあった。スケートリンクがあった場所が、そのままテニスコートになっているようだ。

 スケートリンクもテニスコートも平面性を要求される施設なので、有効利用するにも相性が良かったのかもしれない、というのは素人の浅はかな思い付きだろうか。

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 市街付近にもテニスコートは点在しているので、なにもこんな山奥に、と言う気もするが、この辺りは市街から離れている分、空も山も綺麗で気持ちが良い。こんな中で運動するのも良いかも知れない。

【写真】2018年8月
【文章】2019年5月
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