最果志向 ~放浪家坂木さんの足跡~

この数十年の放浪履歴を元に思ったこと・感じたことなどを訪問者の目線で綴る『旅エッセイ』ブログ。たまに自作の音楽の紹介。

Chiangmai チェンマイ

【坂木より】
2016年6月2日開設。現状一日1~2記事の更新です。皆様と『最果(さいはて)志向』と『漂泊の思い』を共有できれば幸いです。たまに昔作った音楽も公開しています。

チェンマイの名刹ワットチェンマンの象の仏塔

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 タイ北部の古都チェンマイ。何度か訪れたことがあるが、初めて訪れたのは1997年2月のことだ。この写真はその初訪問でチェンマイの名刹ワットチェンマンに訪れた時のものである。

 暑い時間帯だったせいか、犬ばかりか鶏までもが木陰で涼んでいる。今ではどうかわからないがはなく、このときは観光客の姿もほとんどなく、地元の人々がちらほらとお参りに来たり、日陰でお喋りをしていた。

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 ワットチェンマンはチェンマイ最古のお寺とされており、その中でも一番古い建造物がこの仏塔だとのこと。

 仏塔はチェディー・チャーンロームと呼ばれているが、チェディーは先端の尖った仏塔、チャーンは象、ロームは囲む、と意味だったと思う。名前の通り、仏塔は象に囲まれて、支えられている。

【写真】1997年2月
【文章】2019年3月

チェンマイ駅の発車のベル

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 私が初めてタイ国鉄北線の終着駅チェンマイを訪れたのは1997年のことだった。そしてこの写真はその十年以上後の2008年。この頃でもチェンマイ駅では、まだ発車のベルが備え付けられていた。

 今でも使われているのかどうかはわからない。思えば昔は日本の駅でもこういった発車ベルは備え付けられていて、小さな駅では車掌さんが鳴らした後で列車に乗り込んだり、大きめの駅では駅員さんが安全確認しつつ鳴らしたりしているのを、普通の光景として見かけたものだった。

 ただし日本では1970~80年代くらいには、発車ベルは電子音や録音にかわっていった。今では発車メロディーに駅ごとの個性があったりして、それはそれで面白いのだが、やはり味気ないような気もする。音楽でも言えることだが、やはり録音と生演奏では、臨場感が違う。生演奏のその場限りの揺らぎやブレや音の伝わり方というのは、人の心を動かす何かがあるのだと思う。

【写真】2008年2月
【文章】2018年8月

終着駅と最果志向 ~タイ国鉄北線終着駅チェンマイ駅にて

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 古都チェンマイの駅は、タイ国鉄の北線の終着駅である。国土はさらに北にも広がっているが、鉄道はこれより北には敷設されていない。

 これは私が変人であるだけかも知れないが、この車止めのある終着駅の情景というのは、なんとも言えない旅情を感じる。「思えば遠くへ来たもんだ」という感慨にも似た思いであるが、なかなか説明するのは難しい。


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 ちなみに、このブログのタイトルにもなっている、私自らが勝手に『最果(さいはて)志向』と名付けた性癖(?)は、単に終点や地の果て、あるいは容易に行きつけない場所やたくさんの国や場所、などへの「到達の達成感」を求めているわけではない。

 もちろん、例えば「全国の全都道府県制覇」や「全市町村制覇」、あるいは「(昔の)国鉄全線乗車」、「百名山登山」などの網羅的な到達、あるいは最北端/最南端/最高点などの端っこへの到達、それらにより達成感を感じることを否定するわけではない。

 ただ、私が持っている志向というのは、端っこや人の行かない場所あるいは網羅的な到達、といった到達そのものに意義や満足感を求めるのではないようだ。

 只々、見知らぬ土地への憧憬、新しい旅の情景や触れたことない文化への探求心、感じたことのない感覚への好奇心、といった次の刺激を求めて、旅心の趣くままに漂泊してしまう、いわば『旅ジャンキー』のようなものだ。また次なる旅の情景、また次なる旅の刺激、と際限がない。極端に言うと、世界の最果てまでのすべてを、見て感じて触れたい、という欲求であり志向なのだ。もちろん人生の時間もお金も限られているのだけれど。

 きっと世の中は広いので、似たような性質をお持ちの方もたくさんいらっしゃるとは思う。自分はそのような性質は持っていないけれど理解はできる、という方もいらっしゃるだろう。そして、恐らくこれまたたくさんの、そういった性質に共感できない、あるいは理解できない方がいらっしゃるであろうとも思う。それがどれくらいの比率なのかはわからないけれど。

【写真】2008年2月
【文章】2017年2月

同じ駅の同じ場所で

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 この写真は2008年のものである。場所はタイ国鉄のNorth-line終着駅のチェンマイ。

 この4年程前に、ほぼ同じ場所でシャッターを切ったことがあり、なんとなく思い出しながら撮ってみたものだ。2004年の写真はこちら。駅は大規模改装などはされておらず、雰囲気は大きく変わりはないのだが、4年程の歳月で変わっているところもある。

 2004年にはホームの真ん中にはベンチしかなかったが、2008年ではいくつかの売店ができているし、並び立つ柱には看板のようなものも増えていた。

 日常的に行く場所では、少々の変化があってもすぐに新しい状態に慣れてしまい、記憶からは消え去っていく。言われれば「あぁ、前はそんなだったかな」と思い出すのはまだ良い方で、細かなことまで見ていなかったし覚えていない、ということも少なくない。逆に、たまにしか行かない、あるいはもう二度と行けないかも知れない場所だからこそ、見えたり感じたりするものもあるのかも知れない。

【写真】2008年1月
【文章】2016年12月

チェンマイの巨大な仏塔の寺 ワット・チェディルアン

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 チェンマイの旧市街は、現存するお堀に囲まれている。ワット・チェディルアンはこの旧市街の中央近くにある由緒ある寺院である。

 今はバンコクの王宮寺院ワット・プラケオに安置されているご本尊エメラルド仏も、その歴史的な遷座を重ねる中で、この寺にも安置されていたことがあるそうだ。
 
 寺の名前にもなっている大きな仏塔は1545年に地震で倒れるまで86mもの高さがあったとのことである。修復がされているものの、独特の異様な外観が印象深い。

【写真】2001年11月
【文章】2006年4月  2016年6月、2018年2月一部修正
 

  
プロフィール
管理人:坂木
ただ行けるところまで行ってみたい。何もなくても構わない。何もないことを見に行く。そんな性癖を勝手に最果(さいはて)志向と名付けた。
職業は会社員。休みのたびにあてもなくフラリ旅に出てしまう。



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    2016/6/2開設