最果志向 ~放浪家坂木さんの足跡~

この数十年の放浪履歴を元に思ったこと・感じたことなどを訪問者の目線で綴る『旅エッセイ』ブログ。たまに自作の音楽の紹介。

九州 Kyushu

【坂木より】
2016年6月2日開設。現状一日1~2記事の更新です。皆様と『最果(さいはて)志向』と『漂泊の思い』を共有できれば幸いです。たまに昔作った音楽も公開しています。

宮本武蔵が五輪書を記した洞窟と五百羅漢

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 熊本市街から県道1号線で天水や玉名の方面に向かうと、金剛山(きんぽうさん)という山の傍を通る。この山は雲巌禅寺というお寺の霊場としても知られるのだが、その山麓に霊巌洞という洞窟がある。

 剣豪・宮本武蔵が晩年この洞窟に籠り、兵法書『五輪書』を記したとされる。

 今でも街から離れた隔世感のある場所である。自動車も綺麗な道路もない昔の、霊場のそばの洞窟。どれほど浮世離れした場所だったのだろうか。そこに籠って書物を記すというのは、どういう心持なのだろうか。想像してみても、やはり天才の考える領域には、私は達することができないようだ。

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 雲巌禅寺から洞窟に至る細い道に沿って、五百羅漢が並んでいる。宮本武蔵が居た時代ではなく、その約200年後の江戸中期に24年間かけて奉納されたものと言われている。

 一つ一つ姿勢や表情が異なる石仏がずらりと斜面に並んだ光景は、異世界に迷い込んだかのように感じる。

 当時のそれほど上等ではないデジカメ画像なので、良い写真が残っておらず恐縮ではある。

【写真】2005年7月
【文章】2019年6月

屋久島の美しい浜辺と漂着ゴミ

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 以前にも書いたかも知れないが、雨が非常に多い屋久島に於いても私の晴れ運は強く、青い空を満喫できることが多かった。

 比較的ゆっくりと滞在していたので、ゲストハウスのオーナーさんと浜辺を散策に行った。空の蒼と海の蒼、そこに一本の飛行機雲。気持ち良い。

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 ここではオーナーさんと一緒にしばらくゴミ拾いをした。綺麗に見える浜辺も、よく見るとゴミが結構落ちている。たくさんのゴミが漂着するのだ。

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 海流に乗って外国からもゴミがたくさん漂着するようだ。中国語やハングルが書かれているものも少なからずあった。

 日本のゴミもアメリカ大陸に漂着することがあるという。確かに漁業関係者や釣り人が海に煙草の吸殻やゴミを放っているのもよく見かけた。海は繋がっている。日本のゴミが世界の海を汚しているというような汚名を被らないようにしたい。

【写真】2015年5月
【文章】2019年1月

最果ての枕崎駅(鹿児島県)

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 枕崎駅はJR九州の指宿枕崎線の終着駅である。鹿児島市から海岸に沿ってぐるりと半周するように薩摩半島の西南の枕崎駅に到達する。

 鹿児島から枕崎に至る途中には日本最南端の西大山駅もある。ただし現在の沖縄県にはゆいレールがあるので、モノレールを除く、すなわち我々が普通に鉄道と聞いて思い浮かぶ鉄道の駅では最南端、あるいは本土最南端、ということになるだろうか。

 元々無人駅で、21世紀に入ってから再開発で駅が移設された際にも駅舎がなかったそうだが、2013年に写真の駅舎ができたとのことである。

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 最長距離の鉄道切符で日本を縦断しようとすれば、必ず枕崎と稚内が発着点になる。それは確か昔の国鉄時代から変わっていなかったと思う。

 ただし地方の路線の多くが廃線になったり、第三セクター鉄道に移管されたりしているはずなので、現在でも一枚の切符で行けるのかは知らないが、たぶん行けると思う。

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 それにしても本土最南の鉄道の終着駅というのは、なんとも旅情を誘う。車止めを見ると、最果てまでやってきたという想いが沸き上がる。

 以前のタイのチェンマイ駅の記事でも書いているが、その感情はなかなかうまく説明できない。達成感とか高揚感とは少し違う。心は晴れているが、しみじみとして、少しばかりの愁いを含んでいる、とでも言うべきだろうか。表現力が乏しくてもどかしく思う。

 そんな想いや体験を更新したくて、また次の旅に出てしまうのである。

【写真】2015年5月
【文章】2018年7月

屋久島の紀元杉

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 屋久島の屋久杉といえば、古木『縄文杉』が有名である。しかし縄文杉を目にするためには、通常8~10時間程度、かなりの健脚者でも6時間程度の山歩きが必要だ。とはいえ、縄文杉と同等の樹齢を持つ杉は島内に散在しており、中には車やバイクで近くまで行けるところもある。

 この紀元杉と呼ばれる杉の古木も、縄文杉と同等の樹齢三千年程度と見られている。ヤクスギランドからさらに安房林道の奥、九州最高峰の宮之浦岳の淀川登山口の手前にあり、車やバイクですぐ近くまで行くことができる。縄文杉までは歩くことが難しい御老体や小さなお子様連れでも簡単にアクセス可能で、車窓からでも見ることができる。

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 また縄文杉はすぐ近くまで行くことができなくなっているが、紀元杉は写真をご覧の通り、木を取り囲むように歩道が設置されており、すぐ傍まで行くことができた。やはり木は遠くから眺めるのではなく、近くから見上げてみたいものだ。


 この紀元杉の『紀元』というのは、推定樹齢から考えるに、皇紀の紀元、すなわち神武天皇即位紀元を示しているのだろうと思う。日本で皇紀が一般的だったのは明治時代~戦前なので、その時期に呼称がつけられたのかも知れない。

 余談であるが、戦時中に活躍した零式戦闘機『ゼロ戦』や一式戦闘機『隼』などは、日本人なら知らない人がいないくらい有名だと思うが、なぜ0式、1式なのかはマニア以外にはあまり知られていないような気もする。

 日本の軍隊や自衛隊で使われる武器や兵器は、10式戦車、87式高射自走砲などのように数字+式が最初に付く。戦後については開発完了して制定された年の西暦の下二桁が付けられている。しかし戦前のものは皇紀の下二桁が付いている。零式は皇紀2600年、昭和十五年に制定されたものである。一式はその翌年ということだ。

 西暦2018年は皇紀2678年にあたる。この紀元については、日本書紀の記述を元にした推定であり、昔から諸説あるが、余談で長くなりすぎてしまうので、詳細を書くのは控えたい。

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 とりあえず杉にしても、歴史にしても、長い悠久の時間が紡がれていて、その深さと雄大さの中での自分の存在を、少しばかり考えてみたくもなるのだ。

 ちなみにこの写真は、紀元杉のそばで撮った、少し若い杉木。

【写真】2015年5月
【文章】2018年7月


夫婦喧嘩で臨時休業するお店

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夫婦喧嘩のため
本日臨時休業いたします。
嫁さんの機嫌がなおり次第開店します。

 以前に記した鹿児島県の長﨑鼻のそばにある売店の看板。

 TV番組『ナニコレ珍百景』で2015年4月29日に取り上げられたとのこと。ちょうど私が訪れたのは放映から数日後だったが、TVを見て訪れたわけではなく、たまたまである。

 遊び心があるのは大好きだけれど、店は開いているのに看板が出ているのは、せっかくのウィットに富んだ看板の文句がもったいないと思ったりする。面白い看板を見に来る人へのサービス精神なのだとすると有難いことなのであるが、珍しいタイミングで出会えるからこそ良いという場合もある。それは相手が自然現象であっても人の営みであっても同じで、旅は訪れた瞬間を切り取る一期一会のものだからこそ、その記憶を大切にできるのだから。

【写真】2015年5月
【文章】2018年5月

  
プロフィール
管理人:坂木
ただ行けるところまで行ってみたい。何もなくても構わない。何もないことを見に行く。そんな性癖を勝手に最果(さいはて)志向と名付けた。
職業は会社員。休みのたびにあてもなくフラリ旅に出てしまう。



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