最果志向 ~放浪家坂木さんの足跡~

この数十年の放浪履歴を元に思ったこと・感じたことなどを訪問者の目線で綴る『旅エッセイ』ブログ。たまに自作の音楽の紹介。

四川省

【坂木より】
2016年6月2日開設。現状一日1~2記事の更新です。皆様と『最果(さいはて)志向』と『漂泊の思い』を共有できれば幸いです。たまに昔作った音楽も公開しています。

巻きが多い太極図

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 四川省成都の青羊宮にあった太極図。陰陽太極図とか太陰太極図、陰陽魚などと呼ばれ、モンゴルや韓国、あるいはチベット亡命政府の国旗や、そのほか中華圏やその影響の強い東~中央アジアでも、いろいろなところで見かける図案である。

 ただ、この太極図は少し巻きが多い。普通よく見かけるのは勾玉が二つ組み合わさったように、陰陽ともに半周するものであるが、こちらは一周以上している。

 ただ、この図の由来やいつ頃から使われていたのかははっきりしていないようだ。少なくとも現時点で太極図が確認される最古の文献は、周敦頤の著した『太極図説』だそうだが、作者が発案したのか、世の中で使われていたのをまとめたのかはわからない。

 太極図説は宋代、つまり11世紀頃の文献であり、それ以前の文献には触れられていないことから考えると、太極図自体は道教の歴史を鑑みても比較的後世のものだと言えるようだ。

 とはいえ、いずれにしても、この太極図の世界観は道教の根源的な考え方だと認識しても間違いではないだろうとは思う。

 陰が極まれば陽に、陽が極まれば陰に変わる。陰の中央にある白色の点は陰中の陽、陰が強くなっても陰の中に陽があり、後に陽に転じる。陽の中央の点も同じように陽中の陰、陽が強くなっても陽の中に陰があり、後に陰に転じる。

 こういった世界観は中華圏やその周辺には古くからある根本的なものとして、古くからあったように思う。善と悪、神と悪魔の対立的構図によってできている世界ではなく、それらが混合していてどちらにも変わるという世界観は、東洋的と言っても良いのかも知れない。

 別に何が正しいとか間違っているというわけではないのだが、東洋人の私としてはこの太極図のような世界観はすんなり入ってくるのだ。個人レベルで見ても、人には良いところも悪いところもある。悪いことをする人の中だって家族や仲間を大切にする人は多いだろう。この太極図を見ていると、性善説も性悪説も、その呼称だと真逆のことを言ってそうだが、実は説いてる内容は同じだということに気付く。

 話は飛躍してしまうが、ひと昔前に日本のアニメが世界にウケたのも、こういった世界観がサブカルや子供向けメディアでは新鮮だったからじゃないかと思ったりもする。悪役が単なる非道な悪者ではなく、どこかしら憎めなかったり、魅力的ですらあったり、主人公に協力する味方になることもあったり、というのが、絶対的な勧善懲悪では描き切れない機微を表現してくれるのだろう、と。昨今ではそれらが当たり前で、更に多様化しているので、そんな単純な話ではなくなっているけれど。

 また話が飛んで取り留めがなくなってきたので、今日はこの辺りで。

【写真】2015年1月
【文章】2019年9月

成都の琴台路


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 四川省の省都である成都に、琴台路という通りがある。成都で旅行者も訪れる繁華街と言えば、春熙路や錦里、寛窄巷子が有名であるが、それらに比べると規模は小さく、人も非常に少ない。

 しかしこの琴台路も綺麗に整備され、趣のある街並みになっている。私的には若干綺麗すぎる、すなわち無理に作られた感が否めないが、決して悪くはない。以前の記事でも再三書いてきているが、街並みを丸ごとものすごいスピードで作り変えてしまうような中国政府の観光業への力の入れようは、本当に圧倒されることも多い。

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 こちらは通恵門通りに接した入口の門。なかなか立派だ。

 この琴台路はここから南へ1㎞弱、それほど長い通りではない。青羊宮のそばの文化公園の東側に位置しているので、寛窄巷子から青羊宮まで歩いていくときに、立ち寄られるのが良いと思う。

 通りには土産物屋の他、宝石販売のお店が多かった。それらに混じって飲食店などもある。

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 この通りのモチーフは司馬相如と卓文君の逸話で、漢代の街並みや文化を表しているとのこと。

 確か出典は『漢書』の司馬相如の列伝だったと思う。非常に簡単に書いておくが、司馬相如は漢代の成都出身の文人である。お金持ちの娘で才色兼備の卓文君と恋仲になるが、司馬相如の家柄が高くはなく両親に受け入れられなかったため駆け落ちし、他人の嘲笑にもめげずに夫婦で酒場を切り盛りするなど苦労を重ねた後、両親にも認められ、皇帝にも詩の才を認められて出世したとの伝が残っている。

 司馬相如が官吏に召し抱えられて偉くなったとき、卓文君を捨てようという考えが頭をよぎり、何も書かない空白の詩を送ったが、賢い卓文君はすぐに意図に気付いて返歌を送り、司馬相如は大いに自分を恥じた、という話も残っているが、残っている詩は後世の作というのが通説で、どこまでが本当かはわからない。

 ただ、そんな二千年も前の話を、頭の中で想像しながら街を歩いてみるのも楽しいものだ。

【写真】2015年1月
【文章】2019年6月

四川省成都のチベット人街

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 中国四川省の首府・成都。三国時代に蜀の劉備が都を置いたことでも知られている。その四川省の西側は西蔵自治区、いわゆるチベットである。そのため成都をはじめとする四川省では、チベット文化の影響も随所にみられる。

 成都の街中に武候祠横街という通りがある。武候祠のある錦里の南側の入口から、武候祠大街という大通りを渡って、まっすぐ南に延びている通りである。しばらく南に進んだ辺り一帯は、成都におけるチベット人街になっている。

 同じ国の中で、特定の地域の人の街ができるのも不思議な感じだ。例えば大阪市内に『京都人街』があって、京風の街並みに京都人が住んでいると聞けば不思議に思うだろうし、他の県でも同じことだ。

 しかし、これまでの記事でも何度か記したことがあるが、中国の各省は日本の都道府県というよりも、国に近い規模である。それに加え、多民族・他言語・多文化の国家だ。その結果として、こういった街ができるのも、おかしなことではないのだろう。

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 通りには民族衣装のお店やチベット仏教の仏具等を売るお店、それにチベット料理のレストランなどが並んでいる。

 お店の看板など、至るところにチベット文字が散見される。

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 観光客も多い通りではあるが、チベット風の服を着た人々やラマ僧も見かける。

 漢民族の漢化政策とチベット民族との対立は耳にして久しいが、少なくともこの成都のチベット人街では表立っては感じられなかった。

【写真】2015年1月
【文章】2019年5月

朝靄の楽山広場

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 楽山広場は四川省の楽山市の中心部にある公園である。

 訪れた時は早朝だった。なんの酔狂かと思われるかも知れないが、この日は楽山から程近い峨眉山に登るつもりで早めに宿を発ったのだ。この広場の近くから峨眉山行きのバスが出ると聞いたので、朝の公園を横切ることになったのである。

 中央は大きな広場で、ぐるりと取り囲むように円形に像が設置されていた。

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 もう日が出ているはずの時間であるが、朝靄で包まれて太陽の姿は確認できない。いや、朝靄だけでなく、スモッグもあるのかも知れない。スモッグの具合は日によって変わるが、天気は晴れなのに曇っているような空もまったく珍しいことではなかった。

 そんな中でもやはり中国の朝の公園では太極拳をしている人々はいるものだ。ただし朝靄に囲まれた真冬の朝だったので非常に少なかった。

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 この像が誰のものなのか、時間があれば一つずつ見て回りたかったのだが、バスの時間もあるので悠長にしていられなかった。帰りに見ようと思っていたが、結局復路でもここに立ち寄る機会がなかった。ちょっとしたタイミングを逃すとそれきりになってしまうことは、旅ではよくあることだ。別に後悔はしていない。再訪した際の楽しみに残したと思えば良いのだから。

【写真】2014年12月
【文章】2018年12月

冬の峨眉山の山頂で白い山脈を望む

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 四川省の峨眉山。中国の道教の聖地である五岳の一つでもあり、世界遺産にも登録されている。

 この大きな金の仏像(仏塔?)があるのが金頂と呼ばれるところで、ほぼ最高地点に近い標高3077m。ロープウェイで登ったあとからここまでは綺麗な観光用の登山道が整備されている。ちなみに峨眉山の山頂は3098m、ここからも近い万仏頂と呼ばれる地点である。

 冬の空気は格別で、天気がよければはるか遠くの山々や雲海を眺めることができる。

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 遠くに見える白い山々はヒマラヤ山脈だろうか。いや、たぶん影の向きから方角を考えてみると違うかも知れない。四川省の平野の北西を囲む山脈だろうか。よくわからないが、少なくとも標高3000mのこの地点よりもはるかに高いように見えた。

 行ってみたいような気もするが、実はだいたい標高三千メートルを超えると、私と家内は共に高山病を発症する。この時ばかりでなく、これまで何度か体験していて、だいたいボーダーラインが三千メートル付近であることも確認できている。ゆっくり登って体を慣らせばマシだというが、それでも起こるので、どうやら体質的なものだろう。別に息苦しさを実感するわけでもなく、知らない間に頭痛がひどくなるのだ。

 このときもだんだんひどくなったので、そんなに長居せずに山を下りた。しばらくはひどい頭痛と吐き気に苛まれる。そんな私たちにとって、標高の高い山岳地帯は厳しいに違いない。そういうわけでチベットなどにも行ってみたいとは思うものの、躊躇してしまうのだ。

【写真】2014年12月
【文章】2018年11月

  
プロフィール
管理人:坂木
ただ行けるところまで行ってみたい。何もなくても構わない。何もないことを見に行く。そんな性癖を勝手に最果(さいはて)志向と名付けた。
職業は会社員。休みのたびにあてもなくフラリ旅に出てしまう。



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