最果志向 ~放浪家坂木さんの足跡~

この数十年の放浪履歴を元に思ったこと・感じたことなどを訪問者の目線で綴る『旅エッセイ』ブログ。たまに自作の音楽の紹介。

【Taiwan 台湾】

【坂木より】
2016年6月2日開設。現状一日1~2記事の更新です。皆様と『最果(さいはて)志向』と『漂泊の思い』を共有できれば幸いです。たまに昔作った音楽も公開しています。

金門島で金門牛を食す

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 中国福建省厦門の沖に浮かぶ台湾領の金門島。ここには高梁酒をはじめとしていくつか名産品があるが、金門牛もその一つであるとのことで、食べさせてくれるレストランに行ってみることにした。

 最近は便利なもので、こういう名産やそのお店などもネットを使えば現地ですぐに情報を入手することができる。昔は宿の人やお店の人など、交流を持つことができた限りの小さい範囲で情報を集め、苦労して行ったものだった。楽になったのは良いことに思えるが、実は非日常や趣味の世界では、快適であることは必ずしもプラスとは限らないようにも思う。そもそも趣味というのは、その楽しみを共有しない他人から見れば、なぜ実益もないのに面倒や苦労を嬉々としてやっているのか、と受け取られるようなことばかりだ。だからといって、旅に出てわざと苦労したいとは思わないし、昔の方が良かったとも思わないのだけれど。

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 閑話休題。
 店の中はこんな感じ。まだ夕方の早い時間だったけれど、店は賑わっていた。後で知ったことであるが、それほど大都会ではない金城(金門島の中心街)の夜は早い。暗くなったら閉まる店も非常に多いようだった。

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 ちゃんと金門牛の肉を買ってます、という表記。せっかく来たのだから、地元のものを食べたい。

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 味は…普通に美味しい。値段もそれほど高くはない、いやむしろ日本人の感覚からするとかなり安い方である。値段相応ではあるが悪くはない。

 日本で〇〇牛などの名前がついているブランド牛と同様のレベルを期待してはいけない。そんなスペシャルで絶品なものではない。しかし離島であることも鑑みると、値段と質のバランスは良いほうだろう。

 そもそも金城に絶品のレストランがひしめいているわけでもなく、むしろ食べるところを探すのに少し苦労するかも知れないような街だったので、選択肢の一つとしては悪くないと思う。



【写真】2019年1月
【文章】2019年10月 

私が台湾で一番気に入った夜市『基隆廟口夜市』

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 台湾の都市には、大抵夜になると露店街、すなわち夜市が立つところがある。大きな街では複数の夜市がたつことも多いのだが、それぞれ規模や客層が違ったり、特色があったりして、雰囲気が異なる。それが楽しくて、私も一般的な旅行者にしては結構多くの夜市を訪れているほうだとは思う。

 そんな中でも、私的にはトップクラスに良い夜市と思えたのが、基隆の廟口夜市である。基隆最大の代表的な夜市だ。近くにある奠済宮という廟の門前町がその名の由来である。

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 基隆は首都台北の外港、すなわち台湾北部の海の玄関口として栄えた港町である。しかしあまり観光客向けというイメージはなく、地元の人々が圧倒的に多いようだった。台北からは日帰り観光の圏内であるせいか、夜に基隆で過ごそうという海外からの観光客はそれほど多くはないのかも知れない。

 夜市の雰囲気というのはどこも楽しいものであるが、それに加わる港街独特の風と潮の香り、それにどこか垢ぬけないというか地元感の漂う雰囲気。かといって閉鎖的でもなく、私のような観光客にも優しかった。それらの相乗効果で、もうフラリフラリと歩いてみてまわるだけでも楽しい夜市だった。

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 この夜市はグルメで有名とのこと。確かにどこのお店もレベルが高かった。港町なので海鮮も多い。とにかく食べ物露店の種類が豊富だった。

 それに規模感が私的にはちょうどよかった。たくさんの種類の屋台を色々見て回るのに、広すぎると疲れるし、同じような店ばかりだと飽き飽きする。多種類がギュっと詰まっている感じがよかったと思う。

 とはいえ、これらは2~3度訪れただけの私の個人的な感覚である。それにもうずいぶん昔の話となってきているので、今となってはどうなっているかはわからない。また機会があれば行ってみたいものだと思っている。

【写真】2012年1月
【文章】2019年9月

台湾鉄路で最も開発が遅れた南廻線

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 台湾は九州くらいの広さの島である。今では鉄道でぐるりと一周することができるのだが、開通したのは20世紀も終わり頃の1990年代である。台湾南部で台湾第二の都市・高雄から南東部の台東までは屏東線→南廻線と走ることになるが、この南廻線が最後に開通した路線だ。

 そもそも台湾は中央を縦に険しい山脈が貫き、広い平野部を持つ西側が発展している。東側は山が迫った小さな平野や盆地に街が散在している。そういったこともあり、とかく東側、とくに台北から遠い南東部は台湾でも田舎で、開発なども遅いようだ。

 私が高雄から台東に鉄道で向かったのは2013年。西側ではとっくに全線電化・複線化されており、新幹線も走っている時代なのだが、南廻路線はまだ電化されておらず、ディーゼル機関車に客車という列車編成だった。

 2014年頃より一部電化がされ、2017年には台湾の国を挙げてのインフラ投資計画『前瞻基礎建設計画』にも組み込まれて全線電化されることとなった。日本の企業が受注したとどこかで聞いたような気がする。2020年頃には完了するらしいので、写真のような編成の列車を見ることも今後なくなるのだろうと思う。

 個人的には機関車+客車という編成には、なにかしら旅愁を誘う雰囲気があるようにも思う。それがディーゼル機関車であっても電気機関車であっても、だ。発車するときや減速するとき等の連結器がガチャンガチャンとなる音や揺れ、ウィーンという不規則なモーター音や振動はせず、カタンコトンと小気味よい音と振動だけを刻む。

 とはいえ、そんな思いは訪れる側のエゴであるのは承知している。電車を導入したほうが、人材育成・設備・メンテナンスなど、すべての面において汎用的で手間も減るので、運用する側・携わる側なら当然そうする。以前から当ブログでは何度か書いたかも知れないが、旅人は訪れた一瞬を切り取るだけで、その土地に寄り添ってはいるわけではないので、変わらないで欲しいなどとは言えたものではない。

【写真】2013年1月
【文章】2019年9月

台湾の小籠包

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 日本では、台湾の代表的な食べ物と言えば小籠包、小籠包と言えば台湾、というイメージが定着しているように思う。

 確かに台湾の小籠包は概してレベルが高いし、小籠包の名店もそれなりに多い。だから前述のイメージも全くの間違いであるとは言わない。しかし少なくとも私的には少し違う。私が勝手に思うに、台湾の代表的な食べ物と言えば魯肉飯や蚵仔煎、小籠包と言えば上海、である。

 台湾の小籠包のイメージが強いのは、台湾の名店が日本に進出していることや、台湾の官民一体の観光政策の影響などが大きいのではないかと思う。


 現代では色々混じったり独自進化を遂げたりしているので一概には言えないが、そもそも台湾の料理といえば、中華料理のうちでも最初に台湾に移り住んだ福建人の料理がベースである。小籠包は上海生まれの浙江料理で、かなり後世に持ち込まれたものなのだ。古くからの台湾人としてのアイデンティティが強い人々の中には、外省人(=太平洋戦争後に大陸から移ってきた台湾人)が持ち込んだ小籠包などは台湾料理とは認めないという意見もあると聞いた。そこまで極端な意見ではなくても、台湾の代表的な料理としては疑義を挟む台湾人は多いのかも知れない。台湾の名物料理の一つではあっても、代表的な料理ではないのだ。

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 ちなみに上の小籠包の写真は、台北では有名な金品茶樓というお店。鼎泰豐で修行をしたシェフが作る小籠包が人気だが、他のメニューも豊富で美味しい。

 ただし。以前にも書いたことがあったかも知れないが、私的に一番小籠包が良かった街はどこかと言われると、一瞬の迷いもなく上海と答える。上海でも台湾でも、そのほかの地域でも、結構たくさんのお店で小籠包を食べたと思う。高級な名店もあれば巷の小汚い食堂もあった。その平均的な実力が一番高かったと思ったのは上海だった。巷のお店でも美味しいし、名店となれば言わずもがな。そして値段も総じて安かった。

 そういうわけで、もし美味しい小籠包を求めて旅をするなら、私的には上海やその周辺の浙江省をお勧めする。ただ断っておくが、台湾も素晴らしいパフォーマンスであることが多いし、私も台湾に行って食べるものに迷ったら、とりあえず小籠包を食べに行こうと思い立つ。

 だってルーツだどうだの、歴史がどうだの、シェフだの名店だのと言ったって、結局は値段の割に美味しければ満足なのだから。

【写真】2009年12月
【文章】2019年8月

二つの『三眼井』 雲南省ナシ族の村と金門島の村落

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 こちらは雲南省麗江の古鎮にある『三眼井』、三つ目の井戸という意味であるのはすぐにわかる。

 中国の雲南省やその周辺に多いナシ族(納西族)の伝統的な上水道だとのことである。3つに区切った水場の最上流を飲用、真ん中を野菜を洗う用、最下流をその他の洗浄用とすることで、貴重な水資源を皆で上手に使うための工夫である。確かに飲用や野菜を洗うときに、魚や肉を洗った生臭い水や、洗濯した後の汚れた水は使いたくない。昔はそういう諍いが多く発生していたのだろうし、それはここだけに限った話でもないだろう。

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 別の場所で、同じ『三眼井』という名の上水道に出会った。台湾、といっても本島より福建省厦門に近い金門島にある南山という集落内である。

 ナシ族の三眼井とは形状は大きく異なる。恐らくその目的・用途も異なると思うのだが、こちらは何の説明も資料もないので、なんのために三つ目にしているのかはわからなかった。

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 中を覗いてみたが、真っ暗でよくわからない。少なくとも現在では使われていないようだ。中で繋がっているように思えたが、それなら余計になぜ三つ目にしているのか疑問である。三人が一度に取水できるように、だろうか。

 また『三眼井』で検索してみると、中国各地にいくつか散在している。同じものを指しているのかもわからないし、そもそも単なる地名としてなのか、史跡や名勝としてなのかはわからない。が、各地にあるのだとしたら、これまたルーツや由来にも興味が出てくるのである。

とりあえず覚えている内に、2つの三眼井の場所を記録しておくことにする。




【写真】上:2012年8月 中・下:2019年1月
【文章】2019年8月
  
プロフィール
管理人:坂木
ただ行けるところまで行ってみたい。何もなくても構わない。何もないことを見に行く。そんな性癖を勝手に最果(さいはて)志向と名付けた。
職業は会社員。休みのたびにあてもなくフラリ旅に出てしまう。



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