最果志向 ~放浪家坂木さんの足跡~

この数十年の放浪履歴を元に思ったこと・感じたことなどを訪問者の目線で綴る『旅エッセイ』ブログ。たまに自作の音楽の紹介。

Champasak チャンパーサック

【坂木より】
2016年6月2日開設。現状一日1~2記事の更新です。皆様と『最果(さいはて)志向』と『漂泊の思い』を共有できれば幸いです。たまに昔作った音楽も公開しています。

ラオスのぬかるんだ道とサンダル履き

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 ラオスの古都チャンパーサックの対岸にある船着き場にて。

 ラオスでは都市の中心部や主要幹線道路を除くと、舗装されておらず赤土むき出しのところも多い。ちょっと雨など降ろうものなら、すぐにぬかるみができてしまう。一昔前までは主要国道でさえ同様の状況で、バスがタイヤを取られて動けなくなることなども多々あったと聞いた。

 そのせいなのかどうかはわからないが、地元の人たちは多くがサンダル履きである。靴を履いているのは明らかに階層が違うとわかるお金持ち風の人やビジネスマン、それに制服姿の職員さんや学生たちだ。

 道路が舗装されているところでも、以前の記事でも記した通り、道のわきは赤土のところも多いし、バケツをひっくり返したような雨が降れば道路はすぐに川のようになる。旅行をしたり街歩きをするにはサンダルのほうが便利なのかも知れない。

 私が旅行するときには、ホテルの部屋内やちょっとした街歩き用にサンダルも持参しているが、移動するときやホテルにチェックインするときは靴を履くことが多くなった。以前にも記したホテルを選ぶ理由と同様、東南アジアを旅行していると、ふさわしい身なりや態度が大切だと思うことはよくある。これはビジネスシーンに限った話ではないし、日本でもある程度は同様であるが、アジアにおいては我々日本人が思っている以上に大切なことだったりするのだ。着飾らなくてもよいし、気取るのでも見栄を張るという意味でもない。一種の現地に対する敬意を表すことだと私は思っている。

【写真】2005年8月
【文章】2006年    2016年10月改訂

草に埋もれてしまいそうなラオスの世界遺産ワット・プー

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 ラオスには世界遺産が二つある。一つは古都ルアンパバーンの街、そしてもう一つがワット・プーとその周辺遺跡群である。

 世界遺産には、自然遺産、文化遺産、それにそれらの両方を持つ複合遺産の3つの分類がある。ワットプーは自然遺産でも複合遺産でもなく、文化遺産として登録されている。だが私が日本も含めていくつか訪れた世界文化遺産の中でも、これほど自然のままで整備されていなかったところは他にはない。

  ワットプーは2001年に世界遺産登録され、私が訪れたのは2005年である。この当時では整備もあまり進んでいなかった。近くのチャンパーサックの街からここに至る道も、舗装が方々で剥がれてデコボコだらけで、観光バスどころか乗用車やバイクでさえ、普通には走れず、穴を避けながらゆっくり走る。

 しかしこの天空の城ラピュタを思わせる、草で半分埋もれた遺跡はどうだ。静かに草に飲み込まれていく遺跡は、強く歴史やその中での人間の営みの儚さを感じさせてくれるのだ。

  しかし、このまま放置しておけば、やがて朽ち果ててしまうだろう。後世に文化遺産を残す為には、やはり保存整備が必要なのだとは思う。スコータイでも思ったことであるが、遺跡も変わりゆくのだ。ここも整備されていくであろうことは間違いない。

【写真】2005年8月
【文章】2007年1月  2016年6月改訂

フェリーというよりは大きな筏に乗って車ごとメコンを渡る

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 2005年にラオスを訪問した頃、ラオスで世界遺産として登録されているのは、古都ルアンパバーンの街と古代遺跡ワット・プーの2カ所であった。

 ラオス南東部の街パークセーから、ラオスで2つめの世界遺産ワット・プーにほど近いチャンパーサックの街に 向かうソンテウに乗り込んだ。『地球の歩き方』にはチャンパーサックまでソンテウで1時間程度とかかれていたが、1時間以上経っても全く到着する気配すらない。土地勘もなく、WIFIもスマートフォンも普及していなかった当時、狭くて外もあまり見えない車内で、今どこにいるのか知る術はなかった。

 乗ったソンテウを間違 えたのかと不安にかられたものである。しかし写真右上のラオス語のプレートに、「チャンパーサック-パークセー」と書いてあるのは乗る前にも確認している。周りの人に聞いてみたが、 間違いないという。

 ※バイクタクシーやソンテウで1時間ほどで着いたとの情報もある。路線が違ったのか、ソンテウが遅すぎたのか、今となってはわからない。

 走ること約3時間程で船着き場のようなところに着いた。ここがチャンパーサックなのかと思って周りに聞いてみたが、どうやら違うらしい。車に乗って待っていろ、と言われた。ソンテウの周りには食べ物を担いで、たくさんの女性が売りに来た。どうやら休憩か、と私は思った。

  だが、何かを待っているような感じで一向に出発する気配はない。ギュウギュウ詰めのソンテウ、というか3列になっているので、もはやサンテウなわけだが、車内は停車していると風が通らず非常に暑い。少し降りて見ることにした。

  すぐに、船着き場かと思っていたのは、実は平らな船の上だということに気が付いた。車ごと運ぶフェリーというか巨大な筏なのである。休憩にしては長すぎる、と思ったのは、他の車・乗客などが溜まるのを待っていたのだ。しばらくして他に車が2~3台加わった時点で船は動きだし、川を渡る。向こう岸が目的地チャンパーサックであった。

【写真】2005年8月
【文章】2006年6月 2018年5月一部修正

水牛が闊歩するかつての王都チャンパーサック

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 過去記事にも記した通り、ラオス南部チャンパーサックは、古くは王都であった街である。しかし今では鄙びた田舎の村落の様相だった。

 上記リンク先の記事にも写っている街の中央らしきロータリーから路地に入ってみる。リンク先写真の左に見える道だ。

 もうすぐ夕方になろうとする時間帯で、水牛が飼われているらしい家にゆっくりと戻っていた。街の中心近くのはずなのに、なんとも長閑なところである。
 
 この時私は、ちょうどラオスの通貨であるキープの手持ちが少なくなってきたので両替したいと思っていた。目当ては写真左奥に見える白い看板の場所である。この辺りでは唯一「Exchange」(両替)の看板がかかっていたのだ。

 しかしどうやら閉まっているようだった。昼の早い時間しか開いていないのだろうか。ただ、壊れた門から中を覗いてみても、建物も扉も崩れてしまいそうな様子で、本当に営業しているのかどうかもわからなかった。

 ラオスではUSドルやタイバーツも通用するので、死活問題というほどでもなかった。ただし、それらの換金レートは計算しやすいよう大雑把なもので、ドルやバーツだと損をしてしまうことも多いことも、以前の記事で触れた通りである。
 
 結局次の早朝、朝食を食べ終わったタイミングでたまたま宿の前に止まった乗り合いソンテウに乗ることになり、そのままパークセーに戻ってしまったため、ここで本当に両替できたのかどうかは確かめることはできなかった。

【写真】2005年8月
【文章】2006年4月  2016年6月、2018年3月一部修正

かつてのチャンパーサック王国の都は鄙びた田舎の様相だった

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 ラオス第二の都市パクセーから南に数十キロにあるチャンパーサックの街は、かつてのチャンパーサック王国の首都である。しかし今はその繁栄の面影らしきものは全くなく、ただの鄙びた田舎の村の様相である。街の中心らしきロータリー周辺も閑散としていた。
 
 だがここから約10Km南にある遺跡ワット・プーが2001年に世界遺産登録され、その観光拠点としてやってくる旅人も増えてきているという。恐らくここも急速に開発されていくのだろう。寂しい気もするが、それは以前にも書いたとおり、旅行者のエゴというものだろう。
 
 道もこのあたりの主要道(というよりそれしか道がない)であるが、写真のように、一応舗装はされているものの道路わきの赤土を被って茶色に染まっており、至るところに大きな穴が開いている。チャンパーサックの街から世界遺産ワットプーまでの道も同様で、バイクや車もスピードを落とし、穴をよけて走らなければならなかった。
 
 素人旅行者の私としては、よくこのような辺境までやってきたものだ、と感慨にも近い思いが沸いたものだ。

【写真】2005年8月
【文章】2006年4月  2016年6月、2018年2月一部修正
  
プロフィール
管理人:坂木
ただ行けるところまで行ってみたい。何もなくても構わない。何もないことを見に行く。そんな性癖を勝手に最果(さいはて)志向と名付けた。
職業は会社員。休みのたびにあてもなくフラリ旅に出てしまう。



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