最果志向 ~放浪家坂木さんの足跡~

この数十年の放浪履歴を元に思ったこと・感じたことなどを訪問者の目線で綴る『旅エッセイ』ブログ。たまに自作の音楽の紹介。

Srisaket シーサケット

【坂木より】
2016年6月2日開設。現状一日1~2記事の更新です。皆様と『最果(さいはて)志向』と『漂泊の思い』を共有できれば幸いです。たまに昔作った音楽も公開しています。

タイ国鉄の客車の連結器の上

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 タイ国鉄の客車の連結部分は、日本の多くの列車のように連結部分の通路が覆われてはおらず、低い手すりがあるだけだ。バランスを崩すと、転落してしまいそうだ。

 タイの法律などがどうなっているのか、どう変わったのかは知らないが、少なくとも20世紀の終わり頃に訪泰した際には、車内で煙草を吸うのは許されているようだった。エアコン付きの車両はどうだったか覚えていないが、少なくとも窓全開のエアコン無し車両では、普通に車内で煙草を吸っていたと思う。

 21世紀に入り、タイでも急速に嫌煙権のための政策が進み、エアコンのある室内では法律で全面禁煙となった頃には、鉄道の座席で吸う人はいなくなった。そしてスモーカーはこういった連結部分や乗降口で吸うようになっていた。私も今は煙草をやめてしまったが、当時はこういった連結部分や乗降口で風を感じながら、煙草をふかしたものだ。ちなみに以前の記事をご覧頂ければ幸いだが、乗降口で扉を閉めずに走ることも多く、ステップに腰かけて吸ったりしたものだ。

 日本の列車でも同様だが、連結器の部分はオープンであるので余計に、ガチャンガチャンと大きな轟音をたてる。足元も少しばかり不安定だ。そんなところでも煙草を吸いたくなったら来てしまうのは、スモーカー因果とも言うものだが、風とガチャンガチャンという轟音も、それはそれで旅情を感じるもので、慣れてくれば心地よかったりもするのだ。

 上記は2000年代初頭の話である。タイ国鉄の車両がどんどん新しくなっているのは聞いているし、法律やマナーの基準も変わっているかも知れないことはご承知頂きたい。

【写真】2005年8月
【文章】2018年8月

鉄道で通り過ぎた街にいつかは降り立ってみたい ~タイ国鉄にて


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 自家用車や自転車・オートバイで自ら進むのではなく、公共交通機関を使って旅をしていると、移動の途中で少し気になるところがあっても、なかなか立ち寄ることは難しいものだ。

 鉄道を利用していて駅に入線した時に、なんとなく街の雰囲気を感じることがある。うまく表現はできないが、感覚的なものだ。その街の活き活きとした様子や和やかな風景に惹かれて、ちょっと降りてみたくなることも少なくない。

 だがその場で飛び降りるような経験は多くはない。予備情報が何もないというのも不安要素ではあるが、それは大抵なんとかなることは経験上知っている。しかし、いくら宛先のない放浪の旅をしているといっても、大まかな日程は考えて行動するし、切符は最初に決めた目的地まで買ってしまっている。

 記事上部の写真は1997年に通り過ぎたタイ国鉄ナコーンパトムの駅。世界最大の仏塔で有名な街だ。

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 すぐ上の写真は2005年のシーサケット駅。タイ東部のカンボジアとの国境を有するシーサケット県の玄関口である。

 双方の写真を撮った時には、鉄道で通り過ぎただけである。そして駅に停車したときに、なんとなく『いつかは降り立ってみたい』と思った場所である。ナコーンパトムはその仏塔を見に行ってみたかったし、シーサケットはカンボジア国境にあるクメール遺跡に行ってみたいと思っていた。ちなみにナコーンパトムはともかく、シーサケットのクメール遺跡は以前の記事でも少し触れたが、当時カンボジアとの国境紛争により一般人は立ち入れない状態が続いていた。

 そんな想いは、よくある旅の感傷にも似たもので、多くの場合は忘れてしまう。だが、淡い想いであっても、抱き続けていると、いつかはそんな機会が訪れるものなのかも知れない。

 2006年に訪泰したときに、ナコーンパトムにもシーサケットにも降り立つことができ、念願の仏塔やクメール遺跡を見ることができた。ナコーンパトムは写真を撮って9年後、シーサケットは写真を撮って1年程後のことである。

 思えば、旅の『何処々々に行ってみたい』という想いは、他に優先することや日々の生活でやらなければならないことに埋もれて後回しにするうちに、いつしか諦めたり忘れたりすることも多かった。もちろんそれはある程度仕方のないことだとは思っている。現実の日々の生活や仕事を犠牲あるいは疎かにして旅をすることもできなくはないが、失うものも多く、そう簡単ではないだろう。ただ、想いを持ち続けていると、チャンスの女神がやってきた時に、その前髪を掴むことができるような気がするのだ。

※『幸運の女神には前髪しかない』 レオナルド・ダ・ヴィンチの言葉で、チャンスは通り過ぎてから慌てて掴もうとしても掴めない、という意味。

【写真】上:1997年2月 下:2005年8月
【文章】2017年2月

早朝から店先でガイヤーン(タイの焼き鳥)を焼いていた

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 時は2006年のゴールデンウイークの4月末、まずはバンコクに飛び、入国してその日の夜にバンコクのファランポーン駅から夜行列車に乗って、翌朝にはタイ東部シーサケットの街に到着した。以前にも列車に乗って停車した時に車窓から眺めたことはあったが、降り立つのは初めてだった。

 まだ午前7時にもなっていない時間であったが、駅の近くの食堂などは、早くも活気で満ちようとしているところだった。イサーン(タイ東北部)ではよく見られる光景だが、いくつかの店先ではガイヤーンを焼いていて、香ばしい匂いが立ち込めていた。

 ガイヤーンのガイは鶏、ヤーンは焼く、という意味だ。すなわち直訳すると焼き鳥である。以前の記事でも記したが、日本語では単に『焼く』と言っている調理法は、タイ語ではもう少し細かく分かれる。ヤーンは、切り身などを炭火などでじっくり焼く、という場合に使う。

 もう10年以上も前のことなので、雰囲気も変わっていることだろう、とは思った。場所は覚えているので、Googleのストリートビューで見てみた。


 少しレイアウトなどは変わっているが、お店はそのままのようだった。コンロや足元のチリトリなんかも変わりない雰囲気のままだ。

 旅の写真は訪問したときのその日・その時だけを捉えたものである。街中のなんでもない光景もどんどん変わって行くし、遺跡でさえ時は止まっていない。二度とは見られない風景も多い中で、同じような光景が残っていると、少し懐かしい気持ちにもなるのだ。しばらくぶりに帰郷する時と似たような感覚である。

【写真】2006年4月
【文章】2016年12月

タイ東部の小さな街カンタララックの街並みとモノの溢れる現代

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 カンタララックは、タイ東部シーサケート県に属する小さな街だ。タイの行政区分では、チャンワット(日本語では県と訳される)の下にいくつかのアムプー(日本語では郡と訳される)が設置されるが、カンタララックはシーサケット県の最南東カンタララック郡の中心の街だ。

 カンタララック郡はカンボジアとの国境を有しており、街は国境付近にあるプラウィハーン遺跡への玄関口となっていた。ちなみにプラウィハーンはタイでの呼び名であり、カンボジアではプレアヴィヒアと呼ばれる。2008年に世界遺産登録されたが、ずいぶん以前から付近でカンボジアとタイ間の国境紛争があった。武力衝突も何度か発生しており、国境も閉鎖されることも多かった。この写真は、まだ遺跡が世界遺産登録されていない2006年、国境が開いていたとの情報を得て訪問を決め、カンタララックまで来た時のものだ。

 ただ、とりあえずこの遺跡の紹介をしだすと長くなりすぎるのでまたの機会とさせてもらい、いったんカンタララックの話に戻る。

 今までにもいくつかシーサケット県の記事内にも紹介しているが(カテゴリ内の記事参照)、カンタララックはビルや大型施設もなく、本当に小さな田舎町だった。写真は市場のそばの一部の街並みでしかないが、だいたいこんな雰囲気が周辺一帯に広がっている。

 写真一番手前で途切れているが、大きな金属のパイプなどがズラリと並んでいた。その隣に見えるのはバイクの修理屋さん、写真中央に大きな白地に赤い文字で書いてあるร้านพิมพ์は印刷屋さんだ。

 そういえば、日本の昭和時代の写真を見ると、建物の感じは違うが、個人商店が立ち並ぶ雰囲気は同じく思える。街のバイク屋さんなんかは今でも点在しているが、昔はどこにでもあった街の職人のお店は、いつしか日本は郊外でも大型店舗や大量生産の大企業に客を取られ、姿を消していったように思う。

 経済の観点から言えばそれは間違いではないし、昔に比べてモノの値段は安くなり、今の日本人が豊かさを享受できるのもそのおかげだと思う。電化製品の三種の神器も自動車も、一般的な家庭なら、憧れではなく容易に入手できるようになった。

 現代では逆にモノが溢れる時代になってきているように感じる。つまり、人口は増えないのに、技術や工夫が進歩しすぎて、需要の増加よりも多く安価で供給できるようになってしまった、ということ。消費者にとっては良いことではあるが、経済は行き詰る。そんなに単純ではないのは承知の上での暴論だが、昨今の経済の閉塞感の根本はこれではないかと個人的には考えたりもする。だとすると、これからの時代、安く大量のモノに対しては求められる重要度が低くなり、旧きを知って失われるものや失われたものに目を向けたりすることが、より重要になってくるのかも知れない。

【写真】2006年5月
【文章】2016年11月

バスターミナルの美少女

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 シーサケットのバスターミナルにて。

 同じバスに乗ることもなく、この時っきりだ。

 10年以上が経ったが、物憂げな少女は、大人の女性になって笑っているのだろうか。

【写真】2006年5月
【文章】2016年9月
  
プロフィール
管理人:坂木
ただ行けるところまで行ってみたい。何もなくても構わない。何もないことを見に行く。そんな性癖を勝手に最果(さいはて)志向と名付けた。
職業は会社員。休みのたびにあてもなくフラリ旅に出てしまう。



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