最果志向 ~放浪家坂木さんの足跡~

この数十年の放浪履歴を元に思ったこと・感じたことなどを訪問者の目線で綴る『旅エッセイ』ブログ。たまに自作の音楽の紹介。

NakhonPhanom ナコーンパノム

【坂木より】
2016年6月2日開設。現状一日1~2記事の更新です。皆様と『最果(さいはて)志向』と『漂泊の思い』を共有できれば幸いです。たまに昔作った音楽も公開しています。

タイの地方都市のバスターミナルでは切符を買うにも窓口がわからないことも多かった昔話

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 写真は2006年、ナコーンパノムのバスターミナルで撮ったものだったと思う。
 ナコーンパノムはタイ東北部の街である。名刹ワットプラタートタートパノムを有する同名の県の県都で、観光客にもラオスへの国境が開放されている場所でもある。それなりに外国人観光客なども多いはずだと思う。

 しかし。今となってはどうかわからないが、少なくとも当時では、タイの地方都市のバスターミナルでは、タイ文字以外の表記を見ることは少なかった。県庁所在地クラスでもそうであったし、それよりも小さな街ではなおさらだ。これについては以前の記事でも触れたことがある。

 バスに乗り込むのはなんとかなるけれど、困るのが切符を買うときだ。タイのバスターミナルの切符売り場では、バス会社や行き先毎に窓口がわかれているのだが、タイ文字が読めないと、どこ行きがあるのかもわからないし、どの窓口に行けば良いのかもわからないのだ。コンシェルジュのような人もいないし、地方都市だと英語が通じることも期待できない。

 この写真のように、たまたま人が少なく、窓口もそんなに多くもない場合は、人に聞けばなんとかなる。しかしそうでない場合は、途方にくれてしまうこともしばしばあった。なにせその辺の人に聞いてもわからなかったり、間違った情報を教えられたりすることも多かった。

 教えてくれた人に悪意があったわけではない。ただ当人は親切のつもりで不確かな情報を伝えてくれたこともあったようにも思えるし、それだけでなく売り場や発車時刻あるいは発着場所が変わっていたり、あっちの看板とこっちの掲示で内容が異なったりすることも頻繁にあったし、単に情報が錯綜していることも多々あったようにも思える。

 いずれにしても、特にタイ文字が読めない頃は、バスターミナルで右往左往することも多かった。故にいざ移動する時になってからターミナルに行くのではなく、事前に情報収集するのを常としていた。

 そういったこともあって、タイ語を勉強して、タイ文字は例外的な発音以外はほぼ読めるようになったし、片言会話くらいは可能になった。しかし時代の進歩はそんな苦労を必要としなくなってきている。IT化により、ある程度の規模の街に於いて旅行に必要な情報はほぼネットで入手可能であるし、色々な手配までできるようになってきている。翻訳だってかなり高性能となり、夢であった『ほんやくこんにゃく』もほぼ実現できつつある。

 ほんの十年程度のことであるのに、旅のスタイル自体も大きく変わってしまったものだと感じる。恐らく次の十年も、そのまた次も、また大きく変わって行くのだろう。

【写真】2006年5月
【文章】2017年11月

寺院で修復をする職人と鼻歌

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 タイ東北部の名刹ワットプラタートタートパノムの境内を歩いて時のことだ。その一角では、足場が組まれ、建物の外装などを補修していた。

 写真当時の2000年代、日本では金属製の足場がほとんどとなっていたが、タイをはじめとした東南アジア圏では、まだまだ竹を使った足場が主流で、金属製のものはバンコクでしか見なかった気がする。

 見学および写真撮影を快くOK頂いたので、しばらく見せてもらった。写真は、外装の剥げているところなどを、筆で修正しているところだ。普通は人が気付かないような細かな部分まで、念入りに修正していく。

 日陰になっているとはいえ、猛暑のさなかだ。根気強く作業を続ける職人たちは、美しくも見える。機能美に近しい感覚だ。こういった人たちの素晴らしい仕事のおかげで、旧き良きものが良いままで伝えられていくのだと思った。

 彼らが細かい作業をしながら、楽しそうに「シメチョーダーイ」と鼻歌を歌っていたのが、妙に印象的で忘れられない。
 これは当時タイで爆発的に流行っていたルークトゥン歌手アチャリヤの曲。TVのタレントや街の子供たちが振付を真似たりしていたのも見かけたものだ。実は「シメチョーダーイ」は「新芽頂戴」という日本語。あとはほぼタイ語だが。



 ルークトゥンというのはタイの音楽のジャンルの一つ。日本ではよく「タイの演歌」だと言われるが、日本の演歌とは音階や進行は全く異なる。私的には、タイの古典音階をベースとした歌謡曲、と言ったところだと思っている。古典的進行と現代音楽との融合という面では、演歌に似ているのかも知れない。

 ついでだが、私も昔CDを買った。最近ではネットで聞けるようになったので、CDを買うことはほとんどなくなったが、昔は旅行に行けば20~30枚くらいCDを買っていた気がする。

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 2枚あるのは、CDとVCDを両方買ったから。VCDは日本ではあまり流行らなかったが、VideoCDの略で、動画も入っているもの。カラオケができるようになっていたり、歌詞が付いているものも多かった。それじゃあCDはいらないじゃないか、ということになるが、やはりVCDはメディアとしてはCDなのでデータ量が限られている故、音質はかなり落ちる。
 また近年ではフリーウェアなどで簡単にできるが、当時は動画ファイルから音だけを取り出すことも手軽ではなかったかと思うので、ポータブルプレイヤやカーステレオで聴くためにCDも欲しかったのだ。

【写真】2006年5月
【文章】2016年12月

タイ東北部の街のベトナム移民の時計塔

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 ナコーンパノムはラオスとの国境が開かれているタイ東北部の小さな街だが、同名の県の県都である。国境となっているメコン川のほとりにあり、対岸のラオスを眺めることができるが、この街の中に洋風の時計塔がある。雑多な感じのする街の中にあるこの時計塔は、街のランドマークとなっている。

 この塔はベトナム時計塔と呼ばれているそうで、ベトナム移民が建てたことに発している。インドシナ戦争(※)によりベトナムから逃げてきた難民が、いつか故国に帰れることを祈願して建立したとのことだ。ただし現在でもこの周辺にはラオスやベトナムからの移民者が多いとのことである。

 インドシナ戦争は植民地支配からの独立戦争である。ベトナムやカンボジア、ラオスは、まずは植民地支配から脱却し、建国しなければならなかった。その後ベトナム戦争や内戦を経て、インドシナ半島が終戦を迎えるのは日本より数十年も後のことだ。大東亜戦争という日本での一連の戦争への呼び名が示す通り、日本もまたその歴史に深く関わっている。日本ではほとんどが戦争を知らない世代になりつつあるが、東アジアの歴史に対し無知や無関心でいても良いということではないと思ったりするのだ。

※ベトナム戦争やラオスの内戦を第二次インドシナ戦争、中越戦争やカンボジア内戦を第三次と呼ぶが、ここで述べているのいわゆる第一次インドシナ戦争のこと。

【写真】2006年5月
【文章】2016年7月

タイ東北部の名刹ワットプラタートパノム

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 ワットプラタートパノムは、タイ東北部ナコーンパノム県タートパノム郡にある名刹である。ラオスとの国境であるメコン沿いに位置し、ラオスの仏教徒も多く訪れる。タートパノムの街自体は1km四方もあるのかというくらいの本当に小さな街だ。

 県はナコーンパノム県であるが、ナコーンパノムの街からはバスで2時間近くかかった。地図を見るとムクダハーンからの方が距離的には近いようだ。バスもあるので心配ない。ただし私はここからサコンナコーンへ行った。この方面にもバスは出ていた。

 さて、遠くからでもよく目立つこの寺院の仏塔は、ラオスによく見られる方錐型だ。ラオスのシンボルとされるビエンチャンのタートルアンも同様の形状をしている。表面は純金で装飾されているとのこと。うまく表現できないが、この絶妙な曲線が優雅でバランスのよい造形美を作り出していると思う。

【写真】2006年5月
【文章】2016年7月

タイの田舎ナコーンパノムでも華僑オリジナルの神様・本頭公の廟があった

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 ナコーンパノムはラオスのターケークとの国境が開かれているタイ東北部の小さな街である。大きくはない街なのでふらりと散策していると、中華風の廟があった。ここも本頭公の廟らしい。以前にノンカーイの本頭公廟の記事でも説明したが、本頭公とはインドシナ半島に住む華僑のオリジナルの神様らしい。詳しくはリンク先の以前の記事を参照されたい。

 気になったのが『本頭廟』の前に書かれている『洛坤拍儂』である。以前の記事にも書いた通り、本頭公として色々な実在あるいは架空の人物や神様を祀っていることもあるとのことで、これが何なのかと悩んだが、上にあるタイ語の表記を見たら謎が解けた。

 洛坤拍儂、あえてカタカナで表記してみると「ルオクンパイノン」という発音に近いが、これはนครพนมナコーンパノムの当て字なのだ。中国語には表音文字がないので、当て字であってもつい意味を考えてしまうというありがちな罠にはまる。

 中国語の当て字は、ある程度意味も考慮されている絶妙な当て字もあったりして非常に面白いのだが、それはまた別の機会があれば記すことにする。

【写真】2006年5月
【文章】2016年6月
  
プロフィール
管理人:坂木
ただ行けるところまで行ってみたい。何もなくても構わない。何もないことを見に行く。そんな性癖を勝手に最果(さいはて)志向と名付けた。
職業は会社員。休みのたびにあてもなくフラリ旅に出てしまう。



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