最果志向 ~放浪家坂木さんの足跡~

この数十年の放浪履歴を元に思ったこと・感じたことなどを訪問者の目線で綴る『旅エッセイ』ブログ。たまに自作の音楽の紹介。

屏東

【坂木より】
2016年6月2日開設。現状一日1~2記事の更新です。皆様と『最果(さいはて)志向』と『漂泊の思い』を共有できれば幸いです。たまに昔作った音楽も公開しています。

セブンイレブンかと思った

P1000547

 台湾最南端の鵝鑾鼻(ウォーランビ)のそばにあったコンビニらしきお店。

 一見するとセブンイレブンに似ているデザインだが、7の形が鏡のように左右逆でFの文字がモチーフになっている。たまたまでこれだけデザインが似ることはないと思うので、恐らくある程度は意識的なものだとは思う。色合いもセブンイレブンより心なしか暗い配色に見えるのは、古ぼけているのか、わざとそうしているのか。

 中に入ると、昨今の近代的で画一的なデザインのコンビニではなく、例えていうと地方の道路わきによくあるヤマザキショップみたいな、パンや雑貨などが置いているお店だった。うまく言えないが、お客さんが店に入るとピロピロ~ンと音が鳴って、奥からおばちゃんが出てくるような、そんな雰囲気だった。

 これも2011年のことなので、今でも台湾の同じ場所にあるのかはわからない。

 昔は日本でもこんな感じのお店はよくあったものだが、昨今では日本中どこでも綺麗なコンビニが増えて、ほとんど見られなくなってきている。私にとっては、特に昔ながらの店に思い入れはないが、全国あるいは世界のどこにいっても画一的なデザインやサービスは、やはり安心感もあるが、つまらなさも感じてしまったりする。

【写真】2011年8月
【文章】2017年2月

台湾の郵便局は緑色

P1000557
P1000556

 日本では郵便局と言えば赤色を思い浮かべる。ポストの色も赤、郵便のマークも赤、郵便局の色々なデザインにも、モチーフとして赤がふんだんに使われている。しかしこれもやはり万国共通ではないようだ。台湾では郵便局の色は緑色である。

 間違っているかも知れないが、ドイツやフランスでは郵便は黄色をモチーフとしたデザインだった記憶がある。ただヨーロッパ内でも色々な色やデザインがあるようで、それも一律ではないようだ。由来などを調べてみるのも面白いかも知れない。

 ちなみにこの写真は台湾最南の街(鎮)恒春の郵便局である。恒春の街は、空前の大ヒットとなった台湾の映画『海角七号』の多くのシーンの舞台となっており、この郵便局も主人公阿嘉が勤めた郵便局として映画に登場する。

おまけの追記 下の写真は花蓮の郵便局
P1070237


【写真】恒春2011年8月  花蓮2009年12月
【文章】2016年8月

台湾の南部では太陽は南ではなく真上から差す

P1000532

 写真は台湾南部の墾丁の街。このあたりは台湾屈指のリゾートタウンでもある。南の海岸沿いにはリゾートホテルが並ぶ。

 このときは、墾丁の街で台湾最南端の鵝鑾鼻に行くバスを待っていた。ターミナルではなく道端のバス停なので、屋根などはない。だが、日差しを浴びていると、もはや暑いというよりは痛い。

 時期は8月、時間はほぼ正午、場所は台湾南部。この意味することは、太陽は南ではなく、ほぼ真上にあるということだ。写真の車の影をご覧いただけるだろうか。影は真下にしかない。自分の影も伸びず、足元に小さくできるだけだ。つまり屋根がない限り、建物のすぐわきに立っても、ほとんど影に入ることはできない、ということである。

 北回帰線より北側に住んでおり、太陽の通る道=赤道、と習っている日本人にとっては、太陽はいつでも赤道を通っているような印象がある。だが実際に赤道上を太陽を通るのは1年間に2回、春分と秋分だけである。

 春分に赤道上にある太陽の通り道は、夏が近づくにつれて北上し、夏至の日には北緯23度ちょっとの付近、すなわち北回帰線上にある。夏から秋にかけて、太陽の通り道は南下し、秋分に赤道に戻る。

 つまり、赤道と北回帰線の間にある地域は、春から夏にかけて1回、夏から秋にかけて1回、太陽が正午に真上になる時期が来ることになる。

 そして北回帰線は、台湾の中央よりやや南寄りの嘉義や花蓮県の瑞穂付近を通る。台湾最南に位置する墾丁では、夏至の前後に太陽が真上に来る時期が2回ある、ということだ。

 細かい理屈や厳密な計算はともかく、台湾南部の高雄や墾丁、台東等では、5月~8月くらいのお昼頃はほぼ真上から太陽が差す感覚である。

【写真】2011年8月
【文章】2016年6月

台湾最南端の鵝鑾鼻の灯台と『鼻』のつく地名の考察

P1000545

 日本統治時代にはガランビと呼ばれていた台湾最南端の岬、鵝鑾鼻(ウォーランビ)。ここには美しい白亜の灯台がある。

 はじめに清国がこの地に灯台を作ったが、撤退するときに壊した。その後、日本軍が再建したが、第二次世界大戦で米軍に破壊され、現在の灯台は戦後に再建されたものだそうだ。

P1000535

 灯台の周囲は熱帯植物が茂る公園となっていた。照り付ける南国の太陽と青空に南国の植物の色濃い緑が鮮やかなのが印象的だった。

P1000538

 公園内には台湾八景の碑も立っていた。台湾八景は日本統治時代に指定されたもののはずであるので、もしかしたらこの碑も古くに建てられたものなのかも知れない。


 ところで、日本でも『鼻』という字がつく地名は西日本を中心に多く見られる。

 もともと日本語の『ハナ』という音は飛び出している先端を指す言葉で、漢字では端や鼻を当てた。人間の鼻も顔から飛び出している端っこの部分である。この地名の鼻も、人間の顔になぞらえて海に飛び出した陸の端、ということであろう。

 この『鼻』がつく地名は上述の通り、西日本、特に九州から四国・中国地方にかけて圧倒的に多い。つまり岬の先端のことを鼻と呼ぶのは、少なくとも日本においては九州あたりが起源であろうことは推察できる。近畿以東が起源であれば、中部や東海にも伝わっているほうが自然だからだ。

 ところで日本語の漢字の読みには、字に付加されてきた中国由来の音(いわゆる音読み)と、古代に南の海を伝って来たとされる古来の音(いわゆる訓読み)があるのはご存知の通り。そして日本で『鼻』がつく地名は訓読みで「~はな」と呼ぶものがほとんどで、ビと読むものはあまりない。これは上述の端と鼻の音のルーツが同じ、ということと一致する

 では岬の先端のことを鼻と名付けるのが西日本が起源なのであると仮定すると、この台湾の鵝鑾鼻の地名は、日本の『鼻』と呼ぶ地名の命名方法が伝わったということになる。もちろん鵝鑾鼻という名が日本統治時代についた地名であれば頷けるのだが、どうもそうでもないらしい。ただし北海道の地名に多いアイヌ語の当て字と同様に『鵝鑾』は台湾の原住民の言葉の当て字らしいことはわかったが、鼻と呼ぶのが元々の中国由来なのかはわからなかった。

 中国語のサイトの説明でも、鵝鑾鼻の『鼻』が、地形を顔になぞらえて鼻と言うことは書かれていた。だが、もし岬の先端を『鼻』と呼ぶのが中国起源だとすると、日本の『鼻』がつく地名も「ビ」と読まれるべきで、そもそも鼻と端の音のルーツが同じ、というのも矛盾してくるような気がする。

 文章がまとまっていなくてすみません。どなたか詳しい方がいらっしゃったら、教えてください。

【写真】2011年8月
【文章】2016年6月
【修正】2020年9月

  
プロフィール
管理人:坂木
ただ行けるところまで行ってみたい。何もなくても構わない。何もないことを見に行く。そんな性癖を勝手に最果(さいはて)志向と名付けた。
職業は会社員。休みのたびにあてもなくフラリ旅に出てしまう。



記事検索
カテゴリー
ブログコミュニティ
いろいろな旅行ブログ
にほんブログ村 旅行ブログへ

いろいろなタイ旅行のブログ
にほんブログ村 旅行ブログ タイ旅行へ

いろいろな台湾旅行のブログ
にほんブログ村 旅行ブログ 台湾旅行へ

いろいろな中国旅行のブログ
にほんブログ村 旅行ブログ 中国旅行(チャイナ)へ
メッセージ

名前
メール
本文
Thanks for your visit (UU counts)

    2016/6/2開設