最果志向 ~放浪家坂木さんの足跡~

この数十年の放浪履歴を元に思ったこと・感じたことなどを訪問者の目線で綴る『旅エッセイ』ブログ。たまに自作の音楽の紹介。

高雄

【坂木より】
2016年6月2日開設。現状一日1~2記事の更新です。皆様と『最果(さいはて)志向』と『漂泊の思い』を共有できれば幸いです。たまに昔作った音楽も公開しています。

台湾鉄路で最も開発が遅れた南廻線

P1020080

 台湾は九州くらいの広さの島である。今では鉄道でぐるりと一周することができるのだが、開通したのは20世紀も終わり頃の1990年代である。台湾南部で台湾第二の都市・高雄から南東部の台東までは屏東線→南廻線と走ることになるが、この南廻線が最後に開通した路線だ。

 そもそも台湾は中央を縦に険しい山脈が貫き、広い平野部を持つ西側が発展している。東側は山が迫った小さな平野や盆地に街が散在している。そういったこともあり、とかく東側、とくに台北から遠い南東部は台湾でも田舎で、開発なども遅いようだ。

 私が高雄から台東に鉄道で向かったのは2013年。西側ではとっくに全線電化・複線化されており、新幹線も走っている時代なのだが、南廻路線はまだ電化されておらず、ディーゼル機関車に客車という列車編成だった。

 2014年頃より一部電化がされ、2017年には台湾の国を挙げてのインフラ投資計画『前瞻基礎建設計画』にも組み込まれて全線電化されることとなった。日本の企業が受注したとどこかで聞いたような気がする。2020年頃には完了するらしいので、写真のような編成の列車を見ることも今後なくなるのだろうと思う。

 個人的には機関車+客車という編成には、なにかしら旅愁を誘う雰囲気があるようにも思う。それがディーゼル機関車であっても電気機関車であっても、だ。発車するときや減速するとき等の連結器がガチャンガチャンとなる音や揺れ、ウィーンという不規則なモーター音や振動はせず、カタンコトンと小気味よい音と振動だけを刻む。

 とはいえ、そんな思いは訪れる側のエゴであるのは承知している。電車を導入したほうが、人材育成・設備・メンテナンスなど、すべての面において汎用的で手間も減るので、運用する側・携わる側なら当然そうする。以前から当ブログでは何度か書いたかも知れないが、旅人は訪れた一瞬を切り取るだけで、その土地に寄り添ってはいるわけではないので、変わらないで欲しいなどとは言えたものではない。

【写真】2013年1月
【文章】2019年9月

子供たちの囲碁大会が開かれていた高雄の寺院

P1020046

 台湾南部の都市、高雄のとある寺院。私が初めてここを訪れた時、境内の端にはいくつか屋台っぽいお店があり、地元の人々が集ってお喋りをしていて和やかな風情だったが、二度目に訪れた写真の時には、子供たちの囲碁大会が開かれていて、すごい熱気だった。この日は2012年の大晦日だったので、何らかの催しの一部だったのかも知れない。

 日本でも昔は戦国武将にも好まれ、江戸時代にも指南役が居たことなどから考えると、結構盛んであったはずだが、現代では囲碁人口も減少するばかりだという。漫画『ヒカルの碁』のブームで競技人口が増えたのも、一時的だったようだ。世界戦でも中国や韓国の後塵を拝している。残念なことだとは思うが、囲碁が打てない私が言うことではない。

 子供たちがこれだけたくさん集まって、皆で競い合っているのを見ると、台湾でもそれなりに囲碁が盛んなのであろうと思う。

 ちなみに私は囲碁のルールは知っている。ルールは本などで学べばわかる。しかしどう打ったらいいのかがわからない。父は将棋は好きだったが、囲碁は打たなかった。その後も対戦相手や定石、あるいは面白さを教えてくれる人はいなかった。しかし、きっと面白いと思うのだ。これだけたくさんの人が、単純なルールと道具で白熱できるのだから。機会があればやってみたいと思う。もう少し頭が柔らかい若いうちにやってほうがよかったかも知れないのだけれど。

【写真】2012年12月
【文章】2018年8月


高雄の旗津半島の浜辺と大型輸送船の群れ

P1000466

 旗津半島は台湾の高雄の港の外に連なる細長い半島である。浜辺が公園となっている部分も多く、夏には水遊びをしている人々も見かける。

 沖合にタンカーなどの大型の輸送船が並んでいる。高雄は重化学コンビナートや工業団地が集中する台湾随一の工業都市である。俄然船の往来も激しい。

P1000467

 綺麗に並んだ船は入港の順番待ちをしているのだろうか。

 大型輸送船の群れを見ていると、以前の記事でも記したシンガポールの重化学工業地帯のジュロン島を思い出した。

【写真】2011年8月
【文章】2017年7月

高雄の西子湾

P1000632

 台湾南部の都市、高雄は西側が海に面している。日本でも西側が海に面している街では、たいてい海に沈む美しい夕日を眺めることができる場所がある。高雄に於いても、旗津半島などの海岸沿いでは美しい夕日を見ることができる。

 中でも旗津半島より海を挟んで北側の西子湾一帯は、美しい夕日を眺められることで有名で、地元のカップルも多く訪れるのだそうだ。この写真を撮ったのは清朝時代の英国領事館跡の周辺だったと思う。高台になっており、眼下の高雄港や国立中山大学を一望できる。

 ここなら夕日も綺麗に見えるだろうと思ったのが、実は訪れたのは午後2時頃。夕日まではまだ5~6時間を要すると思われた。さすがにそれだけの時間を潰すのも難しかったし、町外れなので頃合いに夕陽のためだけに再訪するのも面倒だったので諦めた。また機会があれば行けることだろう。

 もちろん晴れた午後の眺望も悪くない。

【写真】2011年8月
【文章】2018年6月

高雄の海岸の公園に置かれていた少数民族の伝統的な漁船

P1000470

 台湾第二の都市で南部の中心地である高雄の海岸沿いに、旗津と呼ばれる半島がある。幅が300mくらいで、長さが10kmを越える細長い半島である。ただし現代では陸地と切り離されてしまっているため、半島というより島である。高雄の観光スポットとしても名高い。

 この旗津半島の外海に近い岸辺は海浜公園となっている。長さ数kmに及ぶ細く長い長い公園である。この公園の片隅に、古びた舟が安置されていた。

 過去の記事でも紹介したことがあるが、この舟は台湾の離島、蘭嶼に住む原住民族ヤミ族のタタラ舟と呼ばれる漁船だと思われる。

 ただし高雄は台湾の西海岸(中国大陸側)であるが、蘭嶼は台湾の東側、太平洋に浮かぶ島であり、結構離れている。なぜここにこの舟が安置されているのかはわからないが、もしかしたら別の過去記事でも書いたような、土着文化への回帰運動の一環なのかも知れない。

 今ではどうなっているかはわからないが、少なくとも写真を撮った当時、状態が良いとはとても思えなかった。屋根も無く、潮風が吹き曝す場所ということもあるが、雑草だらけの場所に無造作に置かれ、風化してずいぶんサビも出ている。ヤミ族の人が見たら、さぞかし心を痛めることだろう。設置するなら、もう少し心配りがあっても良いのではないかと思ったりもした。

【写真】2011年8月
【文章】2017年12月
  
プロフィール
管理人:坂木
ただ行けるところまで行ってみたい。何もなくても構わない。何もないことを見に行く。そんな性癖を勝手に最果(さいはて)志向と名付けた。
職業は会社員。休みのたびにあてもなくフラリ旅に出てしまう。



記事検索
カテゴリー
ブログコミュニティ
いろいろな旅行ブログ
にほんブログ村 旅行ブログへ

いろいろなタイ旅行のブログ
にほんブログ村 旅行ブログ タイ旅行へ

いろいろな台湾旅行のブログ
にほんブログ村 旅行ブログ 台湾旅行へ

いろいろな中国旅行のブログ
にほんブログ村 旅行ブログ 中国旅行(チャイナ)へ
メッセージ

名前
メール
本文
Thanks for your visit (UU counts)

    2016/6/2開設