最果志向 ~放浪家坂木さんの足跡~

この数十年の放浪履歴を元に思ったこと・感じたことなどを訪問者の目線で綴る『旅エッセイ』ブログ。たまに自作の音楽の紹介。

香港

【坂木より】
2016年6月2日開設。現状一日1~2記事の更新です。皆様と『最果(さいはて)志向』と『漂泊の思い』を共有できれば幸いです。たまに昔作った音楽も公開しています。

ベッドタウンっぽい香港仔の中心部

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 昨日の記事に続き、思い出しているうちに香港仔のことを書いておくことにする。

 この時、実は香港仔に何か目的があって来たわけではない。たまたま気まぐれに乗ったバスの終点が香港仔だったというだけだ。ただし香港仔については、名前や場所、それに香港の起源とされている土地である、というくらいの知識は持っていた。

 そんなわけでバスから降りて、周囲をとりあえず徒歩で散策してみた。夕刻で空模様も良いとは言えなかったが、バスに乗っている間は降っていた雨が、降りると止んでくれるのには助かった。

 香港仔は香港島北側の繁華街からバスで30~40分程度だったが、私が思うにベッドタウンという雰囲気だった。タケノコのように細長く高いマンションが立ち並んでおり、その合間にショッピングセンターや公園などがある。買い物袋を提げて歩く女性、駆け回っている子供たち、そばでお喋りをしているお母さん、日本の都市近郊の住宅街でもよく見かける光景である。

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 香港仔も海岸沿いに少しばかりの平地から山の裾にかけて街があり、基本的に曲線と坂道が多かったと記憶している。中心部をぐるりと歩いて回っても1時間もかからない程度の小さな街である。

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 曇り空と夕刻のせいで少し薄暗く、多くの写真に手振れが発生していた。当時のデジカメはそれほど性能がよくなかったのでご勘弁願いたい。

 歩いていると、香港仔中心というショッピングモールらしきものがあった。

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 中華風の門が独特の風情ではあるが、中はよくある現代風のショッピングセンターのようだ。

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 まさにベッドダウンのショッピングセンターといった様相である。地元の人々も多く集っており、賑わっていた。雨上がりでなければ、もっと人がたくさん座っていたのだろうとは思う。

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 真ん中にあったオブジェ。今でもあるのかはわからないが。

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 安物カメラではなかなか広角に撮れなかったのが少し悔やまれる。

 とても無機質な感があるが、実はこれは上の写真のパンダのすぐそばで、空を見上げて撮ったものである。なんだかSFの近未来都市のようだ。

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 こちらは香港仔中心から少し海側に出てきたところ。昨日の記事で紹介した海上レストランが並ぶところに繋がる公園である。向こうに見える鴨脷洲にも細長い高層マンションが林立している。

 そんなわけで私的には、香港の夜景や道に迫り出した看板もさることながら、坂道やタケノコ高層マンション、というのも、香港らしい風景として強く印象に残っている。

【写真】2007年8月
【文章】2019年5月

香港仔の海上シーフードレストラン群と海上生活者『蛋民』

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 香港島に香港仔というエリアがある。香港島では九龍半島に近い北側が繁華街の中心であるが、この香港仔は北側の繁華街からは山を越えた島の南岸にある。

 香港仔は英語ではAberdeenと呼ばれているが、これは英国がアヘン戦争で清国から香港を奪って植民地支配を始めた頃の外務大臣アバディーン伯ジョージ・ハミルトン=ゴードンに因んでいる。日本統治時代には、香港の起源の地という意味で、元香港とも呼ばれていたと聞く。

 香港仔には埠頭があり、その岸辺一帯は大きな公園となっているエリアがある。この公園の海岸一帯には海上シーフードレストランが並んでいる。ジャンボ(ジャンボキングダム)は中でもよく知られるお店である。

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 岸にあるのは入り口だけである。海上にある店には桟橋を渡って入る。ずらりと並んでいるのは、なかなか壮観である。

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 なぜこのような海上に店を構えるスタイルになったのか、私は知らない。

 中国南部の沿岸、すなわち香港をはじめとして広東省、福建省、海南省のあたりには、蛋民と呼ばれる水上生活者が昔から多かった。もしかしたら彼らが始めた商売が、こういう形に進化や変遷を遂げて残っているのかも知れない、と思ったりもする。もちろん私の勝手な想像であることはご承知頂きたい。

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 レストランの合間から向こう側に見えるのは、鴨脷洲と呼ばれる小島である。香港島の南側に浮かんでおり、橋で結ばれている。香港仔の埠頭は香港島と鴨脷洲の間に挟まれた海に面している。当記事最下部に地図を載せておいたので、よろしければご参照頂きたい。

 写真の当時、この辺りには蛋民の船も若干あるように見えたが、昔のジャッキーチェンの映画で見た、密集して香港仔の海上で街を形成しているかのような蛋民の船群はもう見られなかった。今ではほとんど残っていないのかも知れない。




【写真】2007年8月
【文章】2019年5月

香港の鶏肉屋さん

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 香港の市場で見かけた鶏肉や鴨肉(アヒルの肉)を売るお店。

 ズラリと並んだ篭に、鶏や家鴨がたくさん入れられている。その脇ではまさに鶏をつぶしていて、周りは生臭い匂いで満ちている。他の国でもよく見かけるが、大きな包丁でたたき切るように、素早いスピードで捌いていく様子には、いつも見とれてしまう。

 今の日本もでは、ほとんどこういった光景は見なくなった。田舎でなければ、鶏やアヒルを飼っている家すらほとんど見ない。スーパーで肉は売っているが、生きた鶏から売っている肉塊になって棚に並ぶまでの過程は、ほとんど一般人の眼に触れることもない。

 ただ、自分たちが食べているモノがどうやって作られているのか、それを知らないということは、少し怖いような気がする。食べ物に感謝しろと言われても、実際に絞めるシーンを見たことすらなければ感謝のしようもない。世の中便利で衛生的で安価になるのはとても良いことなのだが、うわべの綺麗ごとしか見せないのは、色々な意味で本当に正しいことなのか、と少し思ったりする。少し上手く表現できないので、また機会があれば綴ってみることにする。

【写真】2007年8月
【文章】2019年2月

香港の小さな村

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 正直どこで撮ったものか覚えていない。私の撮った古い写真の中には、こういったものが数多く存在する。銀塩カメラの頃にはGPSはおろかタイムスタンプもないので、順番がわからないものも多い。デジカメになってからはタイムスタンプから推測しやすくなったが、それでもわからない写真はたくさんある。昨今ではインターネット上の情報やツールなどが便利になり、一枚の写真から場所を特定できることも多くなったので、覚えているうちに記録するようにしている。

 さて上の写真、2007年の香港ということはわかっているのだが、どこだかさっぱり覚えていなかった。ただし地名が書いてあるので、現代ならインターネット上の地図などで検索すれば特定するのは容易だ。



 場所はすぐに特定することができた。上記のGoogleストリートビューを見ると、今でも同じ門があるようだ。

 ただし地図を確認してみたら、九龍半島の山間の小さな村だ。こんなところを訪れたことがあったのか、どうも記憶が定かではない。たしか香港でも特に行きたいところがなくなったので、行く当てもないままにMRTやバスに乗ってフラフラと放浪していたような気がする。

 若い頃はカメラ等に頼らなくても、ほとんど行った場所の光景を覚えていたが、今では写真が残っている場所でさえ、どんどん朧になっていく。近い将来デジタルのメモリを脳味噌と直結して、ハイスピードで記憶を出し入れできる世界が来ると便利になるのかなぁと妄想したりする。しかし忘れることがない人生は便利ではあっても、心の均衡が保てるのかは心配である。まぁ私が生きている内には実現するとは思えないが。

【写真】2007年3月
【文章】2018年12月
 

南国フルーツで溢れる香港の果物屋さん

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 日本ではそういった印象は薄いのかも知れないが、香港はいわゆる南国である。北回帰線と赤道の間に位置する亜熱帯だ。北回帰線とは最も北に来るときの赤道、すなわち夏至の日の赤道である。この辺りは以前の台湾の記事でも書いているのでご参照頂きたいが、香港はその過去記事の舞台である台湾の墾丁とほぼ同じ緯度にある。

 そんな香港の果物屋さんで、日本では見慣れない南国フルーツ、マンゴーやドリアン、グァバ、パパイヤ等が山積みになっていると、香港が南国であることを強く実感する。

 当たり前のことだが、やっぱり中国は南北にも広い。日本の北端の宗谷岬は哈爾浜(ハルビン)と同じくらいで、そこからさらに北に大きく、ロシアに食い込むように中国の領土は広がっている。昔、短い間であったが中国語を教えてくれた北方のご出身の方が仰るには、冬はしばしばマイナス40℃になることもある極寒の地なのだとか。

 そして南、中国のハワイと呼ばれる海南島は香港よりもさらに南に位置し、その南端はタイのチェンマイよりも南、ラオスのビエンチャンと同じくらいの緯度である。

 やはり日本と言う狭い国に留まっていては見えないもの、感じられないものはある。日本人であることを卑下するつもりもないし、劣等感を感じてもいない。ただ、風土や文化のスケールの大きさを知ることは、自身の思考や概念の幅を広げる気がする。上手く表現できないのがもどかしい。

【写真】2007年4月
【文章】2018年10月
  
プロフィール
管理人:坂木
ただ行けるところまで行ってみたい。何もなくても構わない。何もないことを見に行く。そんな性癖を勝手に最果(さいはて)志向と名付けた。
職業は会社員。休みのたびにあてもなくフラリ旅に出てしまう。



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