最果志向 ~放浪家坂木さんの足跡~

この数十年の放浪履歴を元に思ったこと・感じたことなどを訪問者の目線で綴る『旅エッセイ』ブログ。たまに自作の音楽の紹介。

台中

【坂木より】
2016年6月2日開設。現状一日1~2記事の更新です。皆様と『最果(さいはて)志向』と『漂泊の思い』を共有できれば幸いです。たまに昔作った音楽も公開しています。

台湾で見かけた奇抜な鐘楼

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 台湾の仏教寺院で変わった伽藍を見つけた。前衛的というか奇抜なデザインに思えた。もしかしたら何らかの様式のものなのか、一般的なものなのか、不勉強な私にはわからないが、他でしばしば見かけたような記憶はないように思う。

 よく見ると、塔の上に大きな釣鐘が見える。つまりこの建物はどうやら鐘楼のようだ。ただし、これが鐘楼であっても、このような鐘楼はやはり後にも先にも見たことがない気がする。

 場所は過去記事でも紹介している大きな黄金の大仏像で有名な台中の宝覚寺の境内。そういえばこのお寺は日本風の地蔵菩薩があったりして、少しばかりクロスカルチャーというか、不思議な雰囲気があった。

 様式や由来などがおわかりの方、是非ご教授頂きたい。

【写真】2011年8月
【文章】2018年11月

大きなお腹の仏様

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 中華圏を中心に、寺院などで写真のような大きなお腹の仏様を見かけるのは珍しいことではない。中華圏ではよく『大肚弥勒』と呼ばれるようだが、日本で言うところの布袋様と同じかも知れない。

 こちらは台湾のお寺で見かけたものであるが、後ろに書いてある文言は中国大陸でも見かけたことがある。恐らく中華圏では有名な言い回しなのではないかと思う。

 大肚包容 了却人間多少事
 満腔歓喜 笑開天下古今愁

 「大きなお腹は世間のいろんなことを包容する。古今の愁いを笑い飛ばせば喜びで満ちる」みたいな意味だと思う。

 ただし中国で見たことがあるのは、もっと長い文章もあったように思う。有名な文言の一部を抜き出してあるのではないかと思われるので、中国でまた見かけたら、メモを撮っておこう。

【写真】2011年8月
【文章】2018年9月

台中の逢魔時

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 この日は夕刻に台中に辿り着き、ホテルにチェックインした。荷物を置いて、夕食を探しがてら、街散策でもしようと台中駅のすぐ近くを歩きだした。

 空模様はまったく悪いわけではなかったが、ちょうど夕焼けが街の空を妖しく紫色に染めていた。

 逢魔時(おうまがとき、逢う魔が時と書く場合もある)は、ちょうど夕方の黄昏時を指す言葉だ。太陽の下では活動し難かった魑魅魍魎が跋扈しはじめる、ちょうど昼と夜との境目の時間。時には妖しく染まる空の色が、そんな連想をさせるのであろうと思う。

 おうまがときは大禍時と書くこともある。というよりも、魔=マというのは音読みなので、もしかしたら大禍時のほうが日本古来の言い方で、逢魔時は後から当てられた字なのかも知れない。いずれにしても不吉な時間帯であることを意味している。

 そういえば黄昏時(たそがれどき)という言葉も、語源は暗くなってきて顔が見えず誰だかわからない「誰そ彼(たそかれ)」から来ているというのが通説である。ただし民俗学者・柳田國男は『妖怪談義』の中で、人の顔がわかりにくい時間というだけでなく、化け物に対する警戒の意を含んでいたのだろうと記述している。

 また紫という色は心理学上で精神を不安定にさせる色、あるいは死を暗示する色であるということを、以前なにかで読んだことがある。チアノーゼや内出血などのイメージと繋がりがあるらしい。空の色が紫に染まるのを禍々しいと感じるのと無関係ではないのかも知れない。

【写真】2011年8月
【文章】2017年1月

台湾はお一人様でも手軽に食べられるところが多い気がする。

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 写真は台湾の台中の食堂で食べたご飯。
 魯肉飯、煮卵、空芯菜の炒め物、海苔のスープ、合わせて日本円にして200円くらいだった気がするが、正確には覚えていない。

 魯肉飯は、台湾全土で食べることができる豚肉の煮込みを細かくしてご飯に乗せたもの。各店で肉の味付けが異なり、醤油味が濃かったり、八角あるいは五香粉の味が強烈だったり、様々だ。色々なところで食べ比べてみるのも面白い。豚肉はたいていちょっと脂の乗っているものを使っており、お腹が減っている時にご飯と一緒にかきこむと、もうたまらない。台湾のソウルフードと言えば、私的には魯肉飯ではないかと思っている。

 ところで、中華圏の普通のレストラン(街の定食屋や屋台ではない、という意味)、とりわけ本場の中国本土では、一品の量がとりあえず多い。一人で食べることはあまり想定されておらず、複数で取り分けるのが基本みたいだ。肉料理等を頼むと大皿で山盛り、スープを頼むと金魚鉢くらいの大きなドンブリ、小龍包でも蒸籠単位で10個以上は入っている、というのが多いと思う。

 なので、一人旅をしていると、食事は少々困る。基本は街の食堂やファストフードっぽいお店で、麺類、ワンタンなどの一品だけの料理や、野菜炒めなどの一皿+ご飯、という形で済ますことが多くなる。折角旅行に来たのだから、たまには良いお店でコースっぽい料理を、と思っても、汁物、肉or魚、野菜などの軽い一品、それにご飯、と頼もうものなら、まず一人では半分も食べきれないほどの量が来る。

 ただし、台湾はB級グルメも多くて、夜市に行けば食べ歩きもできるし、ちょっとしたレストランでも一品一品小さくて、一人旅でも楽しめるお店も結構多い気がする。また台湾では、セルフサービスで並んでいるおかずを選んでとって、最後にお金を払う『自助餐』という形式の食堂も一般的に普及している。これは中国本土でもたまに見かけるが、一般的と言えるほど多くはないようだ。

 写真の食事をしたお店は、ご飯、汁物、一品料理、それにトッピングのようなもの、と選んで注文し、セットにできる感じのお店だった。お箸やお皿を見て頂いてもお分かりの通り、高級な店ではないが、一品だけの食事では栄養も偏るし、ちょっと寂しい気もするので、ありがたかった。もちろん台北等のそれなりにきちんとしたお店では、一品が大量に出てくるお店も多いが。

【写真】2011年8月
【文章】2016年11月

台中の宝覚寺にある日本風の地蔵菩薩像

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 台湾中部、台中の宝覚寺と言えば、以前にも紹介した金色の弥勒大仏で有名である。その境内に入ってみると、日本風の地蔵菩薩の像を見つけた。

 『日本風』と言ったのには、理由がある。

 日本では地蔵菩薩は、「お地蔵さん」と親しみを込めて呼ばれ、特に子供の守護尊として祀られる。関西中心にある地蔵盆の風習も、お地蔵さんを祀った子供のためのお祭りだ。実は、これらは基本的に日本独自の地蔵信仰である。元々の仏教の地蔵菩薩への信仰と、古来からある道祖神信仰とが結びつき、お地蔵さんとなって各地で祀られるようになったらしい。

 地蔵菩薩は、衆生の苦難を身代わりとなって受けて、地獄の苦しみから救済するとされており、墓地の入口などで六地蔵をよく見かけるのもこれが理由である。六体あるのは、仏教の六道(六つの世界のようなもの、それぞれ地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道)のそれぞれの地蔵さんが、死後の世界も含めて、六道すべての苦難を救うとされているからだ。

 中国における地蔵信仰は、中国の仏教や道教に見られる十王思想との結びつきのほうが強い。十王思想とは、十人のいわゆる裁判官が、死後に亡者の審判を行う、というものである。

 閻魔大王が審判を行うと俗に言われているが、閻魔王は十王の一人であり、地蔵菩薩の化身とされている。これは日本でも同様であるはずなのだが、あまり認識されていないように見受けられる。中国では子供の守護尊という位置付けはないため、どちらかというと冥界の王として畏怖されつつ、地獄からの救済を願って信仰されている、といった感じだ。

 さて、写真の像を見てみると、明らかに日本で見られるような地蔵菩薩像で、子供の守護尊ということが表されている。この像の由来は詳しくはわからなかったが、日本統治時代の信仰が残っているのかも知れないし、当時のものが安置されているだけなのかも知れない。

【写真】2011年8月
【文章】2016年11月
  
プロフィール
管理人:坂木
ただ行けるところまで行ってみたい。何もなくても構わない。何もないことを見に行く。そんな性癖を勝手に最果(さいはて)志向と名付けた。
職業は会社員。休みのたびにあてもなくフラリ旅に出てしまう。



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