最果志向 ~放浪家坂木さんの足跡~

この数十年の放浪履歴を元に思ったこと・感じたことなどを訪問者の目線で綴る『旅エッセイ』ブログ。たまに自作の音楽の紹介。

中国 Chūgoku

【坂木より】
2016年6月2日開設。現状一日1~2記事の更新です。皆様と『最果(さいはて)志向』と『漂泊の思い』を共有できれば幸いです。たまに昔作った音楽も公開しています。

現在の松江の礎を作った戦国武将

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 日本全国を巡っていると、特定のエリアでは非常に有名なのに、世間一般ではあまり知られていない歴史上の人物を見つけたりすることがある。これはその土地に行ってみないとなかなか発見できないことが多い。というのも、そのエリアに住んでいる人や出身者にとっては常識であり、当然他の人も知っているものだと認識しているので、わざわざ知っているかどうか確認したりしないからだ。

 歴史上の人物の話だけでなく、例えば自分は皆が普通に知っている言葉だと思って話していたら、実は方言だった、という経験をした地方出身者もいらっしゃるのではないかと思う。

 さて、写真は松江城の近くの堀尾吉晴公の像である。堀尾吉晴も松江では超有名であるが、歴史マニア以外では一般的にあまり知られていない人物かも知れない。

 詳しい話はネット上でいくらでも載っているので、こちらでは詳細は割愛させて頂く。端的に書いておくと、堀尾吉晴は織田家、豊臣家に仕え、関ケ原では東軍に味方した。関ケ原には息子の忠氏が参戦し、その功により出雲に加増転封されている。直後に忠氏は急死して孫の忠晴が継ぐが、幼年であったため祖父の吉晴が政務を代行した。

 当時、出雲の中心は現在の安来市の月山富田(がっさんとだ)城だった。戦国時代には尼子氏が本拠地としていた地である。しかし月山富田城は山城だ。戦国時代には強固な要塞であっても、平和な時代を迎えると不便なのだ。そこで吉晴は松江に城を築き、本拠を移す。

 しかし城が完成した直後に吉晴は亡くなり、孫の忠晴にも子がなく、堀尾氏の嫡系はその後20年程で改易となってしまう。だが、松江は以降も出雲の中心として発展を続け、山陰随一の街になったのである。

【写真】2017年9月
【文章】2019年5月

鳥取砂丘は朝早くに行くのが良い

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 鳥取砂丘といえば、関西からのドライブには手頃な距離で、私も若い頃からしばしば訪れている。もちろん夜中や昼間に到着したこともあるのだが、私的には一番良いと思えるのは朝だ。できれば早朝が良い。

 写真は2017年9月3日の朝9時前。日曜日ではあったが、やはり朝も早いせいか、人はまだ少ない。この雄大な景色の中に、人がほとんどおらず、足跡で荒されていないのが、何よりも気分が良い。スキーをやる方ならおわかり頂けると思うが、朝一番に他にシュプールのないゲレンデで滑る爽快感と同じだ。

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 大抵の場合、朝に行けば風紋で覆われている。昼間に踏み散らかされた足跡も、夜の風が綺麗に流してしまうのだ。

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 二人の足跡が道のりとして続いているのを感慨深く感じるのは、今までの人生を重ね観てしまったりするからだろうか。

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 こんな風景を独り占めできる贅沢。

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 こんな風景も。空も海も青い。

 日本海の蒼は太平洋とはちょっと違う気がする。私は幼いころから海に行くと言えば日本海だったので、こういう濃紺の海を見ると、何かが心のパズルに綺麗に嵌ったような感じがする。太平洋も、南国の緑の海も綺麗ではあるのだが。

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 鳥取砂丘の早朝訪問に於ける難点は、写真のようなラクダや馬に乗ることができるサービス(有料)は営業していない。

 他にもオフロード自転車のレンタルやパラグライダーなどのお店も開いていないかも知れない。土産物屋は比較的早めに開いているが、それでも早すぎると開いていないだろう。観光で訪問して、そういったアトラクションやお店などを利用したい場合は注意したい。

【写真】2017年9月
【文章】2018年12月


松平直政と出雲蕎麦と名物

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 松平直政公は現在の島根県、松江藩の初期の藩主である。徳川政権誕生後はしばらく堀尾家が藩主であったが嗣子がないまま当主が死去し、松平直政が転封されてくることになる。

 松平直政は徳川家康の次男である結城秀康の三男、すなわち徳川家康の孫にあたる。つまり三代将軍家光や水戸黄門とも従兄弟ということになるが、権力者がいわば一夫多妻制で異母兄弟が多い当時では、親族の感覚も現代とは異なることだろう。

 松平直政は松江に赴任する前は信州の松本藩主であった。この際、信州から蕎麦切が持ち込まれ、これが出雲蕎麦の原点となっている。その後、割子そばなどに独自進化したのは過去の記事でも記した通りだ。

 また兵庫県の出石蕎麦の記事でも、蕎麦よりも小麦の西日本に於いて、特に出石や出雲の蕎麦が発達し名物となった理由を記している。これも考えてみれば現代よりはるかに情報や物の流れが遅かったが故のものでもある。極論かも知れないが、名物というのは、環境や風土の特性とクロスカルチャーで産まれてくるものなのだろうと思う。以前の記事で書いた通り、京都で鱧や鯖寿司が名物であるのも、その一例だろう。

 とすると、情報化も物流も飛躍的に進み、どこでも同じ情報や物が手に入れられるようになってきている現代では環境や風土の特性が薄れ、文化も容易に染まる。つまり情報化や物流の進化は、本来の意味でのローカルの文化や名物の誕生を妨げてしまうのかも知れないとも思ったりもする。確かに町興しなどで新たな名物が各地でたくさん産み出されているが、私的には『作られた感』が否めない。その地の名物でなければいけない理由がわからない、と天邪鬼の私の心の声がささやくのだ。だから受け付けないというわけではないし、それはそれで楽しむのだけれど、昔からの歴史のある名物とは、名物とされる経緯が違ってきているようだとは思う。

【写真】2017年9月
【文章】2018年7月

砂丘の空にキューピットが飛んでた

キューピットの雲と砂丘

朝の鳥取砂丘です。

砂丘の空にキューピットが
舞っているように見えました。

わかりにくいですか?
では中央部付近をズームアップ。

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キューピットっぽい?
人魚っぽい?
見る人によって様々かも知れません。

いつも見慣れた
違った雲だなぁ、と。

【写真】2017年9月
【文章】2018年2月

男前の鳥と表情のイメージ

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 眼光鋭く、辺りを警戒しているように見える。

 若いアオサギ、だろうか。島根県松江市にて。

 以前の記事にも書いた通り、あまり鳥に詳しいわけではないので、色々な鳥を見かけても名前がわからない。とりあえず写真に撮っておいても、名前がわからなければ、調べるのも容易ではない。単語だけでなく、画像や音楽を対象に検索できる機能ができれば楽だと思う。恐らく素人の私がそう思うくらいだから、きっともう開発中で、近々できるようになるような気がする。昨今のAIを前提とすると、理屈では実現可能だと思える。

 そんな話はさておき、鳥の表情というのは、観察するとなかなか面白い。雀の顔を紹介した記事でも紹介しているが、飼ってでもいなければ、普段は鳥の表情を観察できるほど近くに寄ったりはできない。たまにこうやって接近できたりすると、予想していないような表情が見られたりするのだ。

 いや、表情と言ってよいのかどうかもわからない。人間が感情の動きから筋肉等を動かして笑顔や緊張などの表情を作り出す機能を、鳥が全く同様に持っていることはないだろう。しかし、人は面白いことに、無機物の電車や自動車のフロントマスクでさえ、人の顔の表情の特徴を重ねてイメージを受け取ってしまう。鳥の顔も、例えば人の怒っている表情のイメージに近ければ、鳥が怒っていると受け取ってしまう。本当に怒っているのかどうかは定かでないのだが、それもまた一興ということで。

※鳥の名前がわかるよ、という方は、コメント等でお知らせ頂ければ幸いです。

【写真】2017年9月
【文章】2018年2月
  
プロフィール
管理人:坂木
ただ行けるところまで行ってみたい。何もなくても構わない。何もないことを見に行く。そんな性癖を勝手に最果(さいはて)志向と名付けた。
職業は会社員。休みのたびにあてもなくフラリ旅に出てしまう。



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