最果志向 ~放浪家坂木さんの足跡~

この数十年の放浪履歴を元に思ったこと・感じたことなどを訪問者の目線で綴る『旅エッセイ』ブログ。たまに自作の音楽の紹介。

Songkhla ソンクラー

【坂木より】
2016年6月2日開設。現状一日1~2記事の更新です。皆様と『最果(さいはて)志向』と『漂泊の思い』を共有できれば幸いです。たまに昔作った音楽も公開しています。

タイ南部ハジャイの街中にあった中華系仏教寺院『慈善寺』

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 華僑もたくさん住むタイでは、中華風の祠を見かけることも少なくはない。大きな街なら必ずと言っても良いほど見かける。だがハジャイの街を歩いていて見かけたこの中華風の寺院は、道観すなわち道教寺院ではなく、仏教寺院のようだった。

 中国でよく見かける木造の寺院ではなく、石造りのようだ。その威容に惹かれて、少し立ち寄ってみた。

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 とりあえず結構大きくて、近くからだと広角レンズを使わないと全容がカメラに収まらない。ちなみに少し離れて全容を撮ろうとすると、どうしても電線に邪魔をされた。

 中華の建築様式にはあまり詳しくないが、清代の江南や潮州風っぽい?

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 中は広くて涼やかだった。ご本尊は中央にある茶色の観音菩薩のようだ。大仏様ではないが、均整の取れたスタイルの仏像だった。

 ただし最奥には道教の仙人も祀られている。日本の神仏混淆のように中国では道教と仏教が混じっているのはよく見られる。いやそれらが混じり合った中国独特の宗教が確立されている、と言ったほうが正しいのだろう。しかしこの寺院は中国本土で見られる混じり方とはまた違っていて興味深い。

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 これは弥勒様だろうか。日本では弥勒菩薩と言えば、もうちょっとスリムボディの像が多いが、中華圏の弥勒様はこのような大肚の弥勒様が一般的だと思う。

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 こちらも弥勒様?なぜこちらだけに水が置かれていたのかは不明。

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 両脇には六十種類の干支に対応する太歳神がズラリ。日本では干支というと十二支だけのことを指すことが多いようだが、これは誤用だ。干支は文字通り十干と十二支の組合せで示すものである。この辺りは以下の過去記事でも取り上げているのでご参照頂きたい。



 この干支の太歳神も道教と民間信仰が混じったものと考えても良いはずで、中華圏で見かけるのも大抵は道観である。本来仏教とは関係がないはずなのだが、やはり海外における中国寺院ということで、中華系の信仰はすべて一緒くたにして放り込まれてしまうのかも知れない、とか考えたりする。

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 六十体はそれなりに精巧に作られている。

 私の干支の太歳神を記念撮影。だから普通に歳がバレる。

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 タイ仏教寺院の伽藍の構造なんかも取り入れているのだろうと思ったりもした。帰り際に中から門や外を見てみると、やはり中国本土の仏教寺院や道観とは違い、タイ風が混じった不思議な様式に見えた。

 中国幾度か訪問した後に訪れたからこそ、気が付けることもある。同じ場所に行っても、自分の経験や知識、あるいは思考能力などの成長次第で見え方が変わってくることもある。だから旅は、そして人生は面白い。



【写真】2018年11月
【文章】2019年10月

夜明けのハジャイ駅

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 以前にも書いたことがあったかも知れないが、周辺国と比べてもタイの地方都市の朝は早いと思う。空も暗いうちから、大通りには車が走り出し、大きな市場や寺院の門前町などには朝市が立つ。托鉢の僧侶たちと彼らにお布施をするために道端で待つ人々もたくさん見かける。

 タイの地方都市の駅は結構ひっそりとしている。タイ国鉄は基本的に通勤通学などに使うコミュータートレインではなく、長距離輸送専門であるからだ。数少ない列車の発着時だけは喧騒に包まれるが、それが収まるとすぐに静かな駅に戻る。

 私は旅先では国内外問わず、しばしば早朝散歩をする。人が少ない中ゆっくり歩けたり、昼間とは違った表情を見せたりする。ハジャイ駅も、なんだか絵本の世界に迷い込んだような、不思議な光景だった。完全に明るくなる前の時間帯だけのものだ。

 そもそもタイの地方都市の夜は早い。無理に夜遊びスポットを探して飲み歩くよりは、早めに寝て朝に街歩きをするほうが、放浪旅行者としてはお勧めだと思う。もちろん旅に求めるものは人それぞれであるので一概には言えないが、街の色々な表情を見るのが楽しいと思うような人はきっと早寝早起きが良い。健康的でもあるし、旅の時間の使い方がかなり楽になる。

【写真】2018年11月
【文章】2019年8月

流行の変な日本語Tシャツ

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 2018年末の旅の少し前、日本のTVで「タイで日本語のTシャツが流行っている」と紹介されていたのを見た。以前の記事でも書いているが、タイでは周期的に日本の文化などが流行するようだ。また流行がやってきたらしい。

 確かにバンコクなどの都会では、しばしば日本語の書いたTシャツを着ている人や売られている露店を見かけた。それなりにTシャツに似つかわしい文言などもあるが、なかなか訝しいものも多くて微笑ましい。

 しかし考えてみれば、日本で売られているTシャツでは英語などのラテン系の言葉が書かれているものも多いが、それらは単なるデザインと受け取り、意味を考えないまま買って着ている人も多いのではないだろうか。つまり日本で売られているTシャツも、ネイティブの人が見たら「なんだこれ?」と思われるような文言が書かれているものもあるのかも知れない。

 にしても、日本の文字ではあるが日本の言葉ではない文言、私が見ても意味不明なものまであったりもする。

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 そういえば少し前からSuperdryというブランドが、変な日本語が書いた服やグッズで有名だ。あれはたぶんわざとやっているのだろうとは思う。

 どうやらこれはそのパクリだと思われるが、Superdayとか書いてる。OSAKA?太陽クドーオ?86?もういったい何の意味があるのかはわからない。

 他にもたくさん変な日本語のシャツを見かける。お店で見つけたら、色々変な日本語Tシャツを漁ってみるのも面白いかも知れない。

【写真】2018年12月
【文章】2019年5月




タイ南部ハジャイのプラナカン建築の街並み

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 プラナカンとはマレー半島周辺に移住してきた中華系移民の末裔のことを指している。そしてそのマレー半島は大航海時代以降、欧州列強の支配を受けた地である。そんな歴史から、プラナカンの文化はマレーや華僑さらには西洋の文化が混じりあって形成された。

 マレーシアやシンガポールでは、プラナカン風の建築も数多く残っている。例えば、過去記事でも紹介しているが、シンガポールのカトンはそんなプラナカン文化の建築が残るエリアの一つである。

 タイに入るとプラナカン風の建物はあまり見られなくなるのだが、マレーシアの国境に近いハジャイの街ではまだ散見された。

 タイ風でも中華風でもなく、かといって洋風やマレー風とも言い切れない、不思議な街並みである。

【写真】2018年11月
【文章】2019年5月

甘くないけれど甘い豆

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 こちらはタイ南部ハジャイの街の道端で売られていた大きなねじれた房状の豆。タイ南部やマレーシアでは非常によくみられる豆の一種で、和名はネジレフサマメノキという。昨今ではタイに於いても南部だけでなく、広く栽培されるようになってきていると聞く。

 食堂で調理されているものを食べたところ、少しクセのある味だったが、あまり豆類が好きではない私にとっても悪くはなかった。ただし好みは分かれるのかも知れない。

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 あちこちでたくさん売られていた。手書きの札で商品名を表示している店があったのでわかったのだが、この豆はタイではサトーと呼ばれているようだ。実際に露店の八百屋でそう呼んでいるのも聞いたので合っているはず。

 甘くないけど甘い名前の豆、サトー。

【写真】2018年11月
【文章】2019年1月
  
プロフィール
管理人:坂木
ただ行けるところまで行ってみたい。何もなくても構わない。何もないことを見に行く。そんな性癖を勝手に最果(さいはて)志向と名付けた。
職業は会社員。休みのたびにあてもなくフラリ旅に出てしまう。



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