最果志向 ~放浪家坂木さんの足跡~

この数十年の放浪履歴を元に思ったこと・感じたことなどを訪問者の目線で綴る『旅エッセイ』ブログ。たまに自作の音楽の紹介。

PrachuapKhiriKhan プラチュアップキーリーカン

【坂木より】
2016年6月2日開設。現状一日1~2記事の更新です。皆様と『最果(さいはて)志向』と『漂泊の思い』を共有できれば幸いです。たまに昔作った音楽も公開しています。

フアヒンの駅前の日本の気動車キハ58

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 タイのフアヒンの駅を出てすぐのところに、退役したらしい鉄道車両が置かれていた。ところがよく見ると、なんだか見慣れた形である。

 そうだ、私が子供の頃に山陰線などでよく見た急行型のディーゼル客車だ。たしかキハ58。山陰線だけでなく、日本全国の電化されていない区間ではよく見かけたものであるが、今ではほとんど見かけない。たしか数年前に、千葉県のいすみ鉄道で走っているのを見た気がするが、私が覚えているのはその程度だ。

 私が見慣れていたのはベージュ地にオレンジの帯が入った色合いであるが、こちらの車輛は日本で退役後にタイに渡って色も塗りなおされ、活躍をしていたようだ。

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 タイでは気動車の他に、同じく日本では少なくなった客車も、日本で退役後に海を渡り、タイで活躍しているのを見かけたものである。以下の過去記事のように、塗装前のブルートレインを見たこともある。


 この退役したキハ58は、フアヒンの駅前でSRT(=タイ国鉄)の資料館となっていた。日本でリストラされた後、タイに渡って活躍し、その後もタイで静かに余生を送る。なんだか人生みたいで感慨深い。

【写真】2018年12月
【文章】2019年7月

屋上の金の狛犬

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 フアヒンの駅を出て海岸の方に歩くと、少し遠くの建物の屋上に名古屋城の金鯱のようなものが見えた。なんだろうと思って目を凝らしてみる。

 金色の狛犬、だろうか。私にはそう見えたがよくわからない。タイでは獅子の置物をよく見かけるが、これは獅子というよりはやはり犬に見える。

 少し歩くのも苦しいくらいの炎天下で、行きたい方向とも違って若干遠くに見えたので、確認には行っていない。



 後にGoogleマップやストリートビューを駆使して調べてみたところ、この建物の上にあるようだった。どうやらホテルのようだ。それほど高級ではない、むしろ古びた安ホテルだろう。

 1階には韓国料理店があるようだ。屋根の上の謎の狛犬のようなものは、私が知らないだけで、なにか韓国風のものなのだろうか。いや、違う気がする。

 結局、謎のままである。とはいえ、ここまで調べられるだけでも、すごい世の中になったもんだと思う。

【写真】2018年12月
【文章】2019年5月


刺身ではない、見たことのないたこ焼き。

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 タイの有名なリゾート地、フアヒンの街のナイトマーケットで、刺身と書いた提灯を吊るす露店を見かけた。

 諸外国では生魚を食べるのは一般的であるとは言えないが、昨今では和食として寿司や刺身などが知られるようになってきている。

 どんな魚が売られているのだろうと少し興味を持ったのだが…。

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 なぜか露店はタコ焼き屋さんである。提灯は単なる飾りだったようで、刺身が売られている気配はない。もしかしたら提灯に書かれている文字の意味も知らず、なんとなく日本的なデザインということで提灯を掛けているのかも知れない。

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 そのたこ焼きだが、よく見ると大きなタコが覆いかぶさるように置いて焼かれている。なんとも豪快で豪勢なタコ焼きだ。

 このようなタコ焼きは見たことがない。これをたこ焼きと呼んでよいなら、の話だが。

【写真】2018年12月
【文章】2019年3月

フアヒンでバンコク行きのミニバスに飛び乗った話

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 この日フアヒンを発って、バンコクに向かう予定だった。バスで数時間程度だろうし、夜までに着けばよかったので、それほど急いではいない。

 しかし、バンコク行のバスかロットゥ(ミニバス)がどこから出るのか、よくわからなかった。『地球の歩き方』を見てもあやふやであるし、インターネット上も古い情報やあまり詳しくないであろう人々の情報などのゴミが多い。正直、昨今のネットの情報はゴミが溢れつつあり、それらのゴミがSEOなどで体裁だけ整えて検索上位を占めていることも多く、どんどん使いにくくなっているような気がする。

 閑話休題。宿泊したゲストハウスの女性に聞くと、不愛想にソイ51にあると答えてくれた。タイの街では大きな通りをタノン、そこから出る枝道をソイと言い、そのソイには番号が付く。宿はソイ57の辺りにあり、51までは結構距離があった。

 歩けない距離ではなかったので、初めは歩いていこうと思って宿を発ったのだが、さすがは南国の暑い時期である。朝のうちから結構な気温だった。ソイ55まで歩いたのだが、まだ半分も進んでいない時点で歩いていくのは諦め、メインストリートに出て乗り合いタクシーか何かを探すことにした。

 北方向に向かいたいので、そちらの車線側に行くためにメインストリートを渡った時だった。信号待ちで少し後ろに止まっていた車がピッピッとクラクションを鳴らす。上の写真のロットゥだった。私がキャリーバッグを転がしていたので、声をかけたかったのだろう。

 見てみると、タイ語しか書いていなかったが、車にはクルンテープ(=バンコク)と書いてある。これはもしかして渡りに船というやつかと思い、合図して止まってもらった。聞くと、やはりバンコクに行くのだという。もちろんその場所はバス停などではなかったが、ソイ51まで行く手間も待ち時間もなく、幸運にもその場で乗り込めた。

 もしタイ語が読めなかったら、止まってもらうのに躊躇するような場所とタイミングだったので、ラッキーだったと思う。タイは独自の文字で大変そうに思うが、基本的には80程度のアルファベットを覚えれば、意味はわからなくてもだいたいの音はわかるので、地名や店名、店のメニューなどが読めるようになる。特に英語表記がないような田舎に行くなら、読めるだけでも便利だとは思う。

【写真】2018年12月
【文章】2018年12月

ビーチリゾートの脇にあるフアヒンの本頭公廟

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 これまでタイ各地の本頭公廟をいくつか紹介しているが、本頭公はインドシナ半島における華僑だけのオリジナルの土着神である。
※詳しくはタグ:インドシナ半島の華僑オリジナル神・本頭公の廟を巡る内の記事をご参照ください。

 Google Mapで『本頭公』などで検索しても出てこないし、『地球の歩き方』などのガイドブックにも載っていない。私が街を歩いて偶然出会ったものだけの紹介であるが、それなりにたくさんの街にあるところを見ると、タイの華人の間ではかなりの信仰を集めているのではないかと思う。

 ハジャイやナコーンシータンマラートは大きな街で、残念ながら私が歩いた範囲で見かけることはできなかったのだが、フアヒンのビーチの北端の辺りで中国廟が集まっている場所があった。その右端に本頭公の廟を見つけた。

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 本頭公廟の正体は地方によってもまちまちでよくわからない。フアヒンのご本尊はなぜか男女のカップル神のようだった。余計によくわからない。

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 四つの廟が並んでいた。土着神や道教、仏教などを全部中華系ということで一括りにしてしまっているらしい。混淆であるとはいえ、少し乱暴な気もしなくはない。

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 本頭公のお隣には天后聖母、すなわち媽祖の廟があった。媽祖は以前の横浜の媽祖廟の記事などでも記しているが、航海や漁業を司る女神で、中国の沿岸部や台湾で強い信仰がある。

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 あとの2つは、観音様と清水祖師の廟。観音菩薩が仏教であることは言うまでもない。

 清水祖師は昔の中国の高僧で、台湾への貢献もあって、台湾における信仰が強い。媽祖を天后聖母と記しているのも台湾に多い表現だったと思う。この廟自体、台湾出身の華人の影響が強いのかも知れない。

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 実は四つの廟は中でも繋がっていたりする。

 乱暴ではあるが、おおらかで良いのではないかと思う。我々が考える以上に神様や仏様は寛容であると思うし、そうであって欲しい。

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 南国の青い海と空にマッチしているのかはよくわからない。が、それはそれで良いのだ。

【写真】2018年12月
【文章】2018年12月




  
プロフィール
管理人:坂木
ただ行けるところまで行ってみたい。何もなくても構わない。何もないことを見に行く。そんな性癖を勝手に最果(さいはて)志向と名付けた。
職業は会社員。休みのたびにあてもなくフラリ旅に出てしまう。



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    2016/6/2開設